バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十章
地獄からの脱出口
16



 わずかの間、息苦しい沈黙が流れる。
 涼子は、黙っているのが耐えられなくなり、秋菜のほうに歩いていった。
「ごめん、滝沢さん……。わたし、前もって、ちゃんと、何もかも話しておくべきだった。それは、全部……」
「きもちわるい」
 秋菜から、そう聞こえた気がした。
 思わぬ言葉に面食らい、涼子は、つと立ち止まる。
「えっ……。滝沢さん……?」
 不安な気持ちで、秋菜の背中に呼びかける。
 秋菜は、くるりとこちらを向いた。凍ったような目つきをしている。
「なに考えてんのよ、あんた! まるっきり変態じゃないの! 今まで、わたしのことを、どういう目で見てたのよ!」
 怖ろしい剣幕で、がなり立てる。
 涼子は、秋菜の発言が、自分に向けられたものだとは、とても信じられない思いだった。
 香織が、面白がってからかってくる。
「あれれぇ……? あたし、悪いことしちゃったかな……? 南さんと滝沢さんの、熱い女の友情を、引き裂いちゃったみたい」
 涼子は、香織の言葉を無視し、秋菜のほうに進んでいく。
「なにそれ、滝沢さん……。待ってよ。わたしの話を、聞いて……」
「わたしに、近づかないで! この変態! わたしの半径、五メートル以内には、絶対に近づかないで!」
 秋菜は、涼子に対して、激しい嫌悪感を抱いているようだ。
 涼子は、頭の混乱を覚える。
 どうして、秋菜が、香織の明らかな作り話をうのみにしたのか、まったくもって理解できない。
 秋菜のほうに歩み寄りながら、怒鳴るような声で抗議する。
「違う……! わたしは、自分から好きで、そんな変態みたいなこと、やったんじゃないからっ! 全部、吉永たちに、無理やり……」
「だから、わたしに、近づかないでって言ってんでしょっ! それと、はっきり言うけど、あんた、ものすごい汗臭い。近づかれると、わたし、息ができないの。いったい、どういう食生活してたら、そんな、ひどい体臭になるわけ?」
 秋菜は、顔をしかめて鼻をつまみ、しっしっ、と手を払った。
 その発言を聞いて、涼子は、ショックのあまり、立ちくらみを起こした。自分の体を守るように肩を抱く。滝沢秋菜にだけは、汗臭いと思われたくない、体臭のことを指摘されたくない。そういう思いだったのに。もはや、言葉を発する気力を失ってしまった。
 香織が、声を上げた。
「あぁぁー。滝沢さん、いくらなんでも、それは、残酷じゃないのお? 南さんの気持ちも、少しは考えてあげなよ。大好きな滝沢さんに、くさい、なんて言われたら、南さんの乙女心が、ずたずたになっちゃうでしょう?」
「だって、本当に、この人、異常にくさいんだもん。吉永さんも、こっちに来て、この人の体臭、嗅いでみてよ。鼻で息してると、体調を壊すレベルだから」
 もはや、秋菜は、涼子のことなら、何を言ってもいいと開き直っているようだった。
「そうなの……? たしかに、ここから見ても、南さんの着てるシャツ、汗でびしょびしょなのが、よくわかるからねえ。すごい汗の臭いがしそう。あたしも、その臭い、確かめてみようかなあ。どれどれぇ……」
 香織が、喜色満面の顔で、こちらに歩いてくる。
 
 この場に留まっていたら、自分は、耐え難い侮辱を受けることになる。
 涼子は、さっと体の向きを変え、そこから足早に遠ざかった。
 香織は、愉快そうに言う。
「あ、逃げた逃げた……。まあ、でもいいや。あとで、南さんの体臭に関することは、時間をかけて、徹底的に調査させてもらうから。南さんが、着てるものを、全部、脱いだら、シャツやスパッツとかの臭いもチェックするしぃ、もちろん、南さんの体自体が、どんな臭いなのかも、よーくチェックする」
 そちらを見ると、香織の顔には、今にもよだれを垂らしそうな、品のかけらもない表情が浮かんでいた。
 涼子は、嫌いな虫より不愉快なものを見ている気分で、香織から目をそらした。
 
 秋菜が、そんな香織のところに、おずおずと歩いていく。
「ねえねえ、吉永さん。お願いだから、わたしを、あんな変態女と一緒にしないでっ。ストリップショーならさ、あの変態女だけが、脱げばいいのよ。なにしろ、レズで、女の子たちに裸を見られたら、興奮するんだろうし。わたしなんかが、脱いだって、ちっとも面白くないよ? ねっ?」
 その口調からは、香織に媚びる思いが、これでもかというほど伝わってきた。
 なるほど、そういうことか……。
 涼子は、ようやく、秋菜の真意を読み取った。
 秋菜にしても、涼子が、自らの意思で変態行為に及んだなどとは、微塵も思っていないのだ。おそらく、秋菜は、三枚の写真と、汚れた自分の体操着を見て、香織たちが、想像をはるかに超えた加虐趣味者の集まりであることを悟り、血も凍るような恐怖を覚えたのだろう。涼子と同じような運命を辿ることだけは、絶対に回避したい。そう思ったはずだ。そして、導き出した答えは、仲間であるはずの涼子をとことん罵倒し、逆に、敵である香織には媚を売る、というものだった。そうすれば、香織たちに気に入られ、自分だけは助かる可能性もあるのではないかと、そう考えた。究極の自己保身である。いくら、絶望的な運命を突きつけられ、気が動転したからとはいえ、秋菜のその考えは、涼子としても許せるものではない。涼子は、自分と秋菜の二人で、この地獄から抜け出すのだという気持ちが、一気に冷めていくのを感じた。

「うーん……。そう言われてもねえ、今回、あたしたちは、南さんと滝沢さんの、共演のセクシーショーを愉しみにして、ここに来たんだから、片方でも脱がないとなると、興ざめなんだよなあ」
 香織は、おごり高ぶった態度で、そう答える。
「……そんなあ」
 秋菜は、なんとも情けない声を出した。
「あ、そうだ……。滝沢さん、その写真、貸してくれる?」
 香織は、手を伸ばした。
 秋菜は、うやうやしい手つきで、三枚の写真を、香織に手渡す。
「この写真……、舞ちゃんにも、見せてあげようっと」
 香織は、ステップを踏むような足取りで、舞のところに引き返していく。
 その言葉を聞いて、涼子は、肺腑が引きつるような怒りを覚えた。
「見て、舞ちゃん……。南せんぱいったら、好きな女の子のシャツを使って、こーんな穢らわしい行為をしてたんだよお」
 香織が、舞のそばまで行き、写真を差し出した。
 舞の両手が挙がり、その可憐なサイズの手のひらに、いかがわしい三枚の写真が載せられようとしている……。
 涼子は、こめかみの血管が、ぴきぴきと動くような感覚を味わった。全エネルギーを用いて、怒号を発する。
「そんなモノに、触るなあああぁぁぁぁぁぁぁ!」
 この空間全体に、割れんばかりの大音声がとどろく。
 舞の小さな体が、びくっと跳ねた。
 涼子は、舞の顔を、じろりとねめつける。
 舞は、天変地異に見舞われたかのように、おたおたと怯えきっている。
「なに、一年生の子を、怖がらせてんのよ。可哀想でしょ? ちょっと、滝沢さん。あなたの口から、南さんを、厳重注意して。これ以上、南さんが、問題行動を起こしたら、連帯責任で、滝沢さんにも、あとで、きっつい罰を受けてもらうからね」
 香織は、涼子のほうに、あごをしゃくる。
 秋菜は、にわかに顔色を変え、こちらに、攻撃的な眼差しを向けてくる。
「うるっさいのよ、あんたは……。なんで、吉永さんたちに、盾突こうとするわけ? 自分の立場をわきまえて。それに、写真くらい、どうでもいいでしょ。これから、あんたは、素っ裸になるんだから。裸の写真を見られるくらいで、恥ずかしがってて、どうするのよ?」
 涼子は、どっと疲労感に襲われた気分で、大きなため息を吐いた。
 もはや、秋菜の頭の中にあるのは、いかにして香織たちの側に付くか、という一念だけらしい。秋菜との共闘を思い描いていた自分が、まったく、馬鹿みたいである。いっそのこと、秋菜など見捨てて、自分だけ、一足先に帰ってしまおうかと思う。しかし、平常心を失った人間が、自分のことしか考えられなくなる心理は、理解できなくもない。その一抹の同情心が残っているため、涼子は、この不快極まりない場に留まっているのだった。

「さっ、舞ちゃん。手に持って、じっくりと見てあげて。南せんぱいの裸も、前代未聞の変態っぷりも」
 香織は、舞に写真を差し出す。
 舞は、ためらう素振りを示しながらも、結局、その三枚の写真を、包み込むようにして両手で受け取った。
 間もなく、舞の、すべすべの頬が、ぼわっと紅潮した。
「うわぁ……、南先輩の、はだか……」
 舞は、度を超した刺激に、頭がくらくらしているような目つきで、三枚の写真を順番に見つめている。
 涼子は、これ以上、そんな舞の様子を見ていると、頭の血管が、本当に切れてしまいそうな気がしたので、斜めに視線を落とした。大っ嫌い、あの子……。
 やがて、舞は、涼子から、にらまれていないのを、いいことに、熱に浮かされたような、とろんとした眼差しで、こちらを見始めた。写真の中の光景と、実物の涼子とを、交互に見ている。まるで、涼子の身に着けている衣服の中を、透視するかのような、性的好奇心を多分にはらんだ視線に感じられた。その視線が、涼子の上半身、それから、下半身へと、ねっとりと絡みついてくる。ひょっとすると、今、舞の脳裏では、こんな、やましい想像が膨らんでいるのかもしれない。もし、涼子が、香織の命令に服従し、着ているものを、すべて脱ぎ去ったなら、Dカップはありそうな豊かな乳房も、ジャングルという表現がぴったりの、毛深い恥部も、実際に、目にすることができるのだ……、と。
 涼子は、乳房を覆い隠すように、両腕を交差させた。うめき声が漏れるほどの屈辱感に、指の爪が、上腕の皮膚にめり込む。もう、我慢の限界だ、と感じる。本当は、この場から抜け出すことのできる、わたしが、どうして、こんな辱めに耐えなくてはならないのだろう。



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