バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十章
地獄からの脱出口
17



「どう? 舞ちゃん。もしかして、刺激が強すぎて、鼻血が出ちゃいそうな気分?」
 香織は、三枚の写真を、舞の手のひらからつまみ上げる。
 舞の顔には、感動の念が、ほんのりと表れているように見えた。
 涼子は、両腕を解くと、右手で、荒っぽく前髪をかき上げた。
「ああもうっ……、あったま来るっ」
 こちらの怒りを、舞に伝えるように、そう言葉を吐く。

「滝沢さん。写真、返してあげる」
 香織は、秋菜に声をかけた。
「あっ、はいっ」
 秋菜は、従順を示すように返事をし、すぐさま走り寄る。香織から写真を受け取ると、なにやら、横に立っている舞の両肩に、手をあてがった。厳しい処罰を言い渡された、力なき者が、権力者に対して、慈悲を乞うかのように。
「ねえ、あなたさあ……、あなたが期待してるのは、あっちの先輩の、ストリップショーなんでしょう? そうよねえ? わたしの脱ぐところなんて、見たくもないわよねえ? ねえ、お願いだから、そう言ってよっ」
 舞は、困り切った表情で、香織の顔をうかがう。
 秋菜は、香織に向き直った。それから、香織の右腕に、両手でちょこんと触れる。
「吉永さんっ。今回のストリップショーは、この子のためにやるのよね? この子、わたしには、まったく興味がないみたいよ? うん、絶対にそう。この子の顔が、そう言ってるもん。間違いない。だから、今回、脱ぐのは、あの変態女だけでいいんじゃないかな? ほらっ、二人同時に脱いだりすると、この子も、逆に、気が散っちゃって、本命のほうに集中できないっていう、デメリットがあると思うの。それを考えると、わたしは、不要よね? わたしだけは、もう、帰ってもいいでしょう?」
 今にも、香織の身にすがりつき、泣き崩れそうである。もはや、恥も外聞もなく、自分だけ助かればいいという思いだけで、行動を起こしているのだ。
 その姿は、恐ろしく見苦しかった。醜悪だ。
 涼子からすれば、秋菜は、何もわかっていない、と思う。香織は、色々な意味における、人間の醜い部分を見るのが、大好きなのだ。だから、秋菜が、自己保身に満ちた姿を見せれば見せるほど、香織を悦ばせるだけである。それを理解できない、秋菜の浅はかな言動には、軽蔑を通り越して、哀れみすら覚えてしまう。

「滝沢さん……。あなたの、どうしても脱ぎたくないっていう、必死さを見てると、あたしも、胸を打たれるよ……。でも、だーめ。今回は、南さんと滝沢さんの、共演のセクシーショーなの。それは、今さら、変更できない。だいぶ、時間が経っちゃってるから、早く、準備して。まず、あなたが、やるべきことは、主演の、南さんの着てるものを、何もかも、はぎ取ることだよ。それは、あなたの責任だからね。それが終わったら、次に脱ぐのは、あなた……。これ以上、ぐだぐだ言って、行動に移さないなら、滝沢さん、あなたのほうから先に、脱いでもらうことにするよ」
 当然ながら、香織は、懇願する秋菜を突き放した。
 秋菜は、がっくりと頭を垂れた。絶望というものを、如実に体現した少女の姿だった。その数秒後、そろそろと脚だけ動かし、体の向きをこちらに変えた。まるで、ホラー映画に出てくる怨霊のように、うなだれたまま、一歩一歩、涼子に近づいてくる。つと、その瞳だけ、涼子に向けてきた。生気の失せた眼差し。彼女の口が開かれる。
「これから、あんたの着てるものを、脱がさせてもらう……。無駄な抵抗は、やめて」
 表情とは裏腹に、静かな闘志の秘められた声だった。
 秋菜が、人間性を奪われるくらい、追い詰められているのは、充分、承知している。だが、涼子のほうも、ここで、女としての誇りを捨てるわけにはいかなかった。
「言っておくけど、もし、わたしの服に、手をかけたら、あなた、泣き叫ぶくらい、痛い思いをすることになるからね」
 涼子は、右脚をやや後ろに引き、戦闘態勢を取った。
 だが、秋菜は、涼子の腕力よりも、香織の鬼畜ぶりのほうが怖いらしく、立ち止まることなく、こちらに歩いてくる。
 
 その時、香織が、割って入るように言い始めた。
「あっ。待って……。考えてみれば、滝沢さんの言うことも、一理あるような気がしてきた……。今回のセクシーショーで、一番、尊重するべきなのは、スペシャルゲストの、舞ちゃんの気持ちだよねえ。たしかに、舞ちゃんからすれば、あくまでも本命は、南さんであって、滝沢さんは、脇役、っていうか、むしろ、どうでもいい存在なのかもしれない」
 それを聞いて、秋菜は、希望の光を目にしたのか、ぱっと明るい表情になり、香織のほうを振り返った。
 涼子は、怪訝の念を抱く。
「そうだ、いいことを思いついた……。南さんさあ、滝沢さんのことが、大好きなんでしょ? そんな南さんに、チャンスをあげる。滝沢さんに向けて、無限大の愛情を示すチャンス。滝沢さんのために、自分の身を犠牲にする姿を、ここで見せられるかなあ?」
 香織は、もったいぶるように話す。
 涼子も秋菜も、香織の言葉の続きを待っていた。
「南さん、もし、どうしても、滝沢さんを守りたい、っていう気持ちがあるなら……、今すぐ、ここまで来て」
 そう言いながら、香織は、舞の前に移動した。舞の立っている位置から、一メートルほど前の地面を、とんとんと右足で踏む。
「ここね。ここ……。それで、舞ちゃんの目の前で、着てるものを、全部、脱いで。舞ちゃんが、手を伸ばせば、触れられるような距離で、裸になるの。もし、それができたら、南さんの、その、美しい自己犠牲の精神に免じて、今回、脇役である滝沢さんのほうは……、脱がなくてもいいことにする」
 香織の、試すような視線が、こちらに向けられている。
 秋菜は、たちまち目の色を変えて、涼子に訴えかけてきた。
「ねえっ、お願い! 南さん、そうして。もし、そうしてくれたら、わたし、あなたに対する感謝の気持ちを、絶対に忘れない。だから、早く、あの子の前に行って! 吉永さんの気が、変わらないうちに。わたしからの、心からの、お願い!」
 理性を失ったような、ほとんど半狂乱の口調だった。
 涼子は、秋菜の言動に、心底、呆れてしまった。いったい、この子は、どこまで身勝手なのかと思う。
 それにしても、香織の発言は、実に不可解だった。香織は、秋菜を享楽の生贄にするために、覚醒剤を使用させることまでしたのだ。そうして捕らえた獲物なのだから、香織の性格を考えれば、心ゆくまで、秋菜を辱めたいはずである。なのに、涼子の行動いかんによっては、その秋菜に、手を出さない、だと……。ひょっとすると、秋菜をぬか喜びさせ、後々、地獄に突き落とすという魂胆なのかもしれない。
 ただ、香織の真意がどうであれ、涼子は、秋菜のために、そんな、考えうる限り最大級ともいえる屈辱を、甘んじて受け入れるつもりなど、毛頭なかった。
「わたしは、誰がなんと言おうと、あんたらの見てる前で、服を脱ぐことなんて、絶対にしないから」
 この場にいる全員に、自分の強い決意を宣言する気持ちだった。秋菜にしても、また、舞にしても、失意を味わえばいい。
「あらっ、そう……。南さんの、滝沢さんに対する愛情っていうのは、しょせん、その程度なんだ……? それじゃあ、滝沢さんを、心から愛してたっていうより、滝沢さんのことを考えて、やらしい妄想に溺れてただけ、って思われても、しょうがないよねえ。南さんって、最低さん……。まあ、いいや。だったら、当初の予定どおり、二人とも、脱いでもらうことにする」
 おそらくは、香織も、涼子が、そんな自己犠牲の姿を見せるとは、まったく思っていなかったのだろう。最初っから、その嫌味を言いたかっただけなのだ。
 
 秋菜は、涼子に対して黙っていなかった。
「なんなの、あんたは!? あんたが、いさぎよく脱げば、わたしは、助かるの。二人とも脱ぐ必要が、どこにあるっていうのよ!? もしかして……、あんた、わたしの体に、興味があるんじゃないでしょうね……? あんた、本当に、レズなんじゃないの? レズじゃないっていうなら、自分ひとりで脱いで!」
 言っていることが、もはや支離滅裂である。
 涼子は、小さな笑い声を漏らしてしまった。人間は、自己保身の本能が爆発すると、これほどまでに醜くなるのかと、人生における新たな教訓を得た気分である。
 秋菜は、さらに続けた。
「ねえ、あんたさあ……、もう、とっくの昔に、吉永さんたちの前では、パンツまで脱いでんじゃないっ。あんたの、その体は、隅々まで、それこそ汚いところまで、見られてるんでしょう? 今さら、何を恥ずかしがってんのよ。早く、あの、一年生の子の前で、素っ裸になって!」
 その、とても同じクラスの少女から出たとは思えない、無神経極まりない言葉に、涼子の頭の中で、何かが、ぷっつんと切れた。
「あっ……、わたし、帰る」
 涼子は、機械的な声で言った。
 一瞬、場が静まり返った。

「はあ?」と香織。
 涼子は、歩き始めた。地上への階段に向かって。
「なに? 南さん、どこに行くつもりなの?」
 香織が、呆気に取られた様子で訊いてくる。
「だから、帰るって言ってんの」
 涼子は、当たり前のように返す。
「ふざけないで……。自分の立場を、忘れたわけじゃないでしょ? 立派にセクシーショーをやり終えるまで、帰るのは許さないよ。もし、あたしたちの命令に従わないっていうなら、南さん、あんた、あとあと、どうなっても知らないからね」
 心理的な余裕を失っているのだろう、香織は、あからさまな脅しをかけてきた。
「ああ、好きにしてっ」
 涼子は、香織の脅迫を受け流し、さらに階段に向かって歩いていく。
 もはや、最大の脅威は消えたのだ。香織は、秋菜をも支配下に置いたとしたら、涼子の立場を、有利にしてしまうことまで、頭が回らなかったらしい。涼子としては、本当に助かった。もし、涼子の全裸の写真を、学校中にばらまくつもりなら、そうすればいい。悔しいが、残りのバレー部の合宿費も、くれてやる。こちらは、すでに、あらゆることに対する覚悟ができているのだ。これからは、必要以上に、未来を怖れることはしない。
 
 今度は、後ろから、秋菜が声を発した。
「ちょっと! 南さん、待ちなさいよ……。あんた、わたしを置いて、なに、自分だけ、助かろうとしてんのよ!?」
 その言葉に、涼子は、つと足を止めた。一度、とぼけるように宙を見上げ、それから、ゆっくりと秋菜のほうに体を向ける。
「滝沢さん……。わたしは、あなたと力を合わせて、吉永たちに立ち向かいたい、って思ってた……。わたし、本当は、いつでも帰ることができたんだけど、それを、ずっと我慢してたの。あなたを、見捨てたくなかったから。わたしはっ、あなたと二人で……! ここから、出るつもりだった……! でも、あなたは、違った……。なに? わたしは、レズで、変態で、あなたの体操着のシャツを使って……、その……、写真に写ってるような行為をして、興奮してたって、あなた、そう思ってるんでしょっ!? あなた、そう言ったよねえ!? だったら、そんな気持ちの悪い女に、助けなんか、求めないでよ。あなたは、最後まで、吉永に、媚びへつらってたらいいじゃないっ。それで、結果的に、助かればいいけどねっ!」
 感情の高ぶりを抑えられず、口の端から、つばが飛びまくっていた。
 お互いに、目を見合わせる。
 秋菜は、口を半開きにした、間の抜けた表情で立ち尽くしていた。これから、彼女を待っているのは、加虐趣味者たちの、なぶり者にされる運命だ。涼子の目には、そんな無力で哀れな女にしか映らない。
「さようなら、滝沢さん」
 涼子は、秋菜に別れを告げ、くるりと身をひるがえした。
 ふたたび、階段に向かって進み始める。
 
 香織たちも、この不測の事態に、戸惑っているふうだった。
 だが、それから間もなく、香織は、次の手を打った。
「ちょっと、滝沢さん。南さんが、自分の使命を放棄して、帰ろうとしてんの。仲間なんだから、なんとかして、引き留めなさいよ。もし、このまま、南さんが帰ったら、仲間である滝沢さんにも、責任を取ってもらうからね。責任を取るっていうのは、退学ってことだよ」
 香織の口調からは、大事な獲物を逃してたまるかという、強い焦りの思いが伝わってきた。
 後ろから、秋菜が慌てて叫ぶ。
「ねえ! 今の話、聞いたでしょ!? わたし、責任を取らされて、退学になるのよ!? それでも、わたしなんて、どうなってもいいっていうの!?」
 その言葉に、涼子は、うんざりする思いで立ち止まった。顔だけ、秋菜のほうに向けてやる。
「ああ、そのことなら、心配しなくてもいいと思うよ……。吉永の、最大の目的は、あなたを、オモチャにして遊ぶことなの。たぶん、わたしが帰ったあと、吉永たちは、あなたの服を、全部、脱がしたうえで、あなたが、恥ずかしがるようなことを、色々と命令してくるはず。それに、ひたすら従っていれば、退学になることだけはないから、安心して。まあ……、プライドの高そうな、あなたが、そんな屈辱に、最後まで耐えられるかどうかは、知らないけど」
 完全に他人事のように言い、また、前を向いて歩き出した。



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