バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十一章
邪悪な罠
5



「では、勝負に負けた南さん、もう、猶予は与えないよ。ただちに、脱ぎ始めて。今から、一分以内に、脱ぎ始めないなら、滝沢さんに、あなたの服を脱がすよう、命じることになるからね。はい、スタート!」
 香織は、最後通告を突きつけてきた。
 涼子は、すっかり狼狽した。
 秋菜との『勝負』が、もう少し、長引いていれば、秘策を、完璧に練り上げることができたかもしれない。だが、秋菜の暴挙のせいで、それは、中断されてしまったのだ。秋菜の致命的な弱みである写真を、手に入れるには、香織に、どんなふうに話を持ちかけたらいいのか。まだ、その肝心の部分が、頭の中でまとまっていない。しかし、それでも、ここで、いちかばちかの賭けに出るしかないだろう。
 涼子は、覚悟を決めて切り出した。
「あの……、待って。脱ぐ前に、わたしから、吉永さんに、お願いがあるの……」
 一瞬、場がしんとなった。

「お願いって、なあにぃ?」
 香織は、こちらに顔を突き出すようにした。
 涼子は、ごくりと生つばを飲み込み、そして話し始めた。
「わたしと、滝沢さんって……、その、あの、仲間、なんだよね? でも、わたしは、滝沢さんから、一方的に攻撃されてる。散々、変態女とか、気持ち悪いとか、ひどい体臭とか、侮辱されまくって、おまけに……、体の、絶対に触られたくないところを、不意打ちで、つかまれることまでされた。そこまでされても、わたしは、反撃することができないの。こうなってる、一番の原因は、滝沢さんが、わたしの、恥ずかしい姿を写した、写真を持っていて……、その、つまり、わたしの秘密を握っているから。それは、間違いないでしょ? わたし……、今のこの状況は、どうしても、納得できない」
 秋菜は、凶暴な肉食獣のような目を、涼子に向けてくる。
 涼子は、気が遠くなるほどの緊張感に襲われていた。
「はっきり言うと、わたし……、滝沢さんのことが、許せないの。わたしも、滝沢さんに、反撃してやりたい。だから……、滝沢さんが、わたしの秘密を握ってるように、わたしにも……、滝沢さんの、秘密を、握らせて。あの……、滝沢さんが、覚醒剤を使った証拠の写真、吉永さんは、今、持ってるんでしょ? わたしに、その写真を、渡してくれる?」
 まるで、一世一代の大舞台でスピーチをしているかのように、声が震えるのを抑えられなかった。
「なに、ふざけたこと言ってんのよ! わたしに反撃するために、わたしの秘密を握りたい!? あんたって女は、体も汚ければ、心も同じくらい汚いのね! 恥ってもんを知りなさいよ!」
 秋菜は、予想していたとおり激高した。
 だが、涼子は、秋菜には構わず、香織の顔を、真っ直ぐに見つめていた。
 香織は、両目を細め、左手の人差し指を、頬に当てた。
「……南さん、なにか、よからぬことを考えてない?」
 そのとたん、寒風に体を煽られた気がした。
 ひょっとして、こちらの意図は、見抜かれているのか……?
 心の秩序は、土台から揺らぎ始めていた。
 涼子は、香織の言葉を否定するために、ぶんぶんと頭を振った。
「いやっ、べつに、わたしは、ただ……、今のこの状況は、どう考えても、不公平だから、それを、どうにかしてほしいだけっ。わたしは、滝沢さんと、その……、対等な立場に立ちたいの。だからっ、吉永さん、お願い。わたしにも、滝沢さんの、秘密を、握らせてっ」
 しどろもどろになりながらも、最後まで諦めるものかと訴える。
「あんた、言わせておけば……。なんで、わたしが、あんたみたいな惨めな女と、対等な立場にならないといけないのよ! 冗談じゃないわよ! よくもまあ、わたしのことを、侮辱してくれたわねえ。あんた、今すぐ、その場で土下座して、わたしに謝りなさいよ!」
 秋菜は、狂ったように叫んだ。

「……わかった、いいよ、南さん。滝沢さんが、覚醒剤を使った証拠の写真、あなたにあげる……。ただし、条件」
 香織は、静かな口調で言った。
 涼子は、期待と、それをはるかに上回る不安で、心臓が破裂しそうなくらい鼓動を打っているのを感じながら、香織の言葉の続きを待った。
「南さんが、ちゃんと……、セクシーショーを演じたなら、ね」
 香織の顔に、涼子の心を見透かすような笑みが浮かぶ。
 目の前の光景が……、闇に覆われた。
 涼子は、茫然と立ち尽くす。きょろきょろと、周りに目を向けた。どこかに、希望の光は見えないか、というような気分で。しかし、目に映るのは、涼子が脱ぐのを待っている、四人の生徒と、それに、今や敵対関係にあるともいうべき滝沢秋菜の姿だけだった。
 五人の見ている前で、着ているものを、脱ぐ……?
 そのことを想像すると、呼吸困難を起こしたように、息をするのが苦しくなった。Tシャツの胸もとの部分を、強く握りしめる。
「やっ……。いやあ……。お願いだから、先に、その写真を、渡してぇ……」
 涼子は、命がかかっているかのような、余裕のかけらもない声で懇願した。
「だから、言ったでしょう? 順番が逆なの。南さんが、セクシーショーを頑張って演じたら、その、ご褒美に、写真をあげる。ほらっ、みんな待ってんの。早く、脱ぎ始めなさいよ」
 香織の声が、涼子の耳に冷たく響く。
「いやあ……」
 涼子は、首を横に振り続けた。
 
 香織は、嘲笑するように唇を歪める。
「やっぱり、自分の意思で脱ぐっていうのは、無理ってわけね。それじゃあ、しょうがない……。滝沢さん、あなたが、責任を持って、南さんの服を脱がせて。まずは……、Tシャツから」
 その命令を受けた秋菜は、軽いため息をついた。そして、すぐに動き始めた。気だるげな足取りで、こちらに歩いてくる。
 涼子は、後ずさりするように身構えた。
 秋菜は、涼子の目の前で立ち止まり、手を伸ばしてきた。
 Tシャツの左肩の部分を、ぞんざいにつかまれる。
「やめて! わたしに触らないで!」
 涼子は、堪らず声を上げ、秋菜の手を払いのけた。
 すると、秋菜は、妙に大人びた仕草で髪の毛をかき上げた。
「自分のことだけ考えてんじゃないわよ。これは、吉永さんの命令なの。あんたの服を脱がさないと、わたしの立場が危険にさらされるの……。次、抵抗したら、遠慮なく、あんたの顔、殴らせてもらうわ。痛い思いをするのは、嫌でしょ? まあ……、あんたが、あくまでも抵抗し続けるつもりなら、好きにすればいい。だけど、その代償は、とっても大きいわよ。わたしが、あんたのことを、学校から、それこそ、虫けらみたいに抹殺してあげる。忘れたら、ダメよ。わたしは、あんたの人生そのものを奪えるの……。いい? あんたは、この場を、自分の家の風呂場だと思って、大人しく脱がされればいいの。それが、あんたにとって、一番、賢明な選択よ」
 秋菜の口から発せられる、一言一言に、魂を侵食されていくような感覚だった。
 その感覚は、やがて、かつて経験したことのない絶望感へと変わる。
 涼子は、意識を失いそうになっていた。足もとがふらつく。
 秋菜は、そんな涼子のTシャツの両脇に、両手をかけた。
 Tシャツのすそが、するっと引き上げられる。腹部と背中が外気にさらされ、まもなく、涼子の身に着けている、白いブラジャーが露わになった。
 嘘でしょう……!? 涼子は、胸の内で絶叫していた。
 秋菜は、涼子の体から、Tシャツを力任せに脱がそうとする。だが、涼子が、それに協力する体勢を取っていないため、手間取っている様子だった。
「あんた、さっさと、シャツを脱がさせなさいよ! あんたが、こんな、くっさぁいシャツ着てるせいで、みんな、迷惑してんのよ!」
 苛立ちに満ちた怒声を、涼子に浴びせてくる。
 ほどなくして、Tシャツは、涼子の頭と両腕から、乱暴に抜き取られた。
 涼子は、その後、ただちに、両腕を胸の前で交差させた。
 とうとう、着ているものを脱がされ始めたのだ……。その受け入れがたい現実を、脳が認識し、もはや、生きた心地がしなくなる。

「滝沢さん、そのシャツ、こっちに、よこして」
 香織が、秋菜に向かって、手を伸ばす。
 秋菜は、涼子の白いTシャツを、香織の手のひらに載せた。
「すっごい……。生地に含まれてる汗のせいで、ずっしりくる。このシャツ、二、三キロ、重さがあるんじゃないのっ」
 香織は、感嘆したような顔をする。それから、洗濯したての衣類の香りを確かめるように、汗まみれの涼子のTシャツに鼻を寄せた。胸を上下させている。どうやら、涼子の汗の臭気を、肺いっぱいに吸い込んでいるらしい。
 そして、先ほどと同じく、ああああっ、と切なげな声を出した。
 吉永香織。どう考えても、普通の女子高生ではない。完全に変態だ。こんな変態女に、自分は、これから、好き勝手にもてあそばれるのかと思うと、涼子は、怖気をふるうような気分になった。

「それじゃあ、滝沢さん。次は……、南さんの、スパッツを脱がせて」
 香織は、気の昂ぶった様子で、秋菜に命じた。
 秋菜は、まったく躊躇のない態度で、ふたたび、涼子の前にやって来た。すーっとかがみ込む。
 やだ……。
 恐怖と絶望が、果てしなく膨らんでいく。その時、強烈に意識させられたのは、自分に、告白の手紙を手渡した、一年生の足立舞も、離れたところから見ているということ。
 涼子は、スパッツの上縁をつかみ、秋菜に脱がされないようにしたうえで、さっと舞のほうに顔を向けた。
「足立さんっ! さっきは、きつく言い過ぎちゃって、ごめんねっ。そのことは、心から謝る。ただ……、わたしにだって、プライドがある……。正直に言って、わたし、あなたには、これ以上、恥ずかしい姿を見られたくないの! この、わたしの気持ちを、ほんのちょっとでも理解してくれるなら、もう、あなただけは、お願いだから、帰って!」
 ほとんど涙声で叫んでいた。二つ下の後輩に向かって、哀願する姿は、とてつもなく格好悪い。そんなことは、百も承知だったが、訴えずにはいられなかったのだ。
 だが、舞は、迷うような素振りすら示さず、隣にいる明日香の顔を見上げた。まるで、明日香が、涼子に言い返してくれるのを期待しているかのように。
 明日香は、涼子が、舞の存在を嫌がれば嫌がるほど愉悦を覚えるのだろう、実に嬉しそうな含み笑いの表情で、こちらを見ている。
 涼子は、胸の底から言葉を絞り出すようにして、舞に問いかける。
「ねえ、そんなに、わたしが脱がされるところが見たい? 無理やり、人前で、裸にさせられるってことが、どれほど苦痛か、あなただって、わたしと同じ女なんだから、想像できるでしょ? それでも、わたしが、そういう目に遭うところを、見てみたいって思うわけ!?」
 しかし、舞は、ごまかすように、というより、なぜ、自分だけ、涼子から詰問されないといけないのかと、不満を表すように、ゆらゆらと上半身を左右に揺らしている。
 
 涼子の足もとにかがみ込んでいる、秋菜が、刺々しい声で言う。
「あの子に言いたいことは、それだけ? 気が済んだなら、とっとと、その手をどかしなさいよ」
 秋菜の両手が伸びてきて、涼子のスパッツの上縁に指がかかった。
 そこで、香織が、注意を与えた。
「滝沢さん、勢い余って、南さんのパンツまで下ろしちゃ、ダメだよ。一枚一枚、じっくりとね」
「はい、了解です」
 秋菜は、従順に返事をする。
 それからまもなく、秋菜の両手が、涼子のスパッツを下に引き始めた。秋菜から脅迫を受けている涼子には、脱がされないよう、その力に抗うことはできないのだった。涼子のスパッツは、無情にも、ずるずると引きずり下ろされていく。そうして、白いブラジャーとセットの、白い綿のパンツが、五人の視線にさらされることとなった。
 陰毛は、はみ出ていないだろうか……? その心配が、まず、涼子の脳裏をよぎる。
 涼子は、恥部を両手で覆うようにし、その情けない姿勢で、童話の絵本の主人公みたいな、幼い容姿の一年生に、目で問いかけ続けた。
 服を脱がされるって、こういうことなんだよ……? あなたは、わたしの、こんな姿を見たかったわけ……?
 しかし、舞と目は合わなかった。舞の視線は、肌の露出していく涼子の下半身に、真っ直ぐ向けられていたのだ。
 スパッツの上縁が、涼子の太ももまで下がったところで、秋菜が、首を絞められたかのように、うえっ、と声を出した。
「もんのすごい激臭が、立ち上ってくる……。この臭い、本当に、悶絶しそうっ!」
 泳いだ後の水着のように汗で濡れそぼった、涼子のスパッツ。誰にも嗅がれたくない、その臭気を、今、よりにもよって、滝沢秋菜に嗅がれているのだ。涼子は、恥ずかしさのあまり、頬が、ぼっと紅潮していくのを自覚した。
 スパッツが、涼子の足首まで下げられ、丸まって止まる。
 秋菜は、香織のほうを向いた。
「吉永さん。裸にさせるってことは、このシューズやソックスも、脱がしたほうがいいのかな?」
 まるで、彼女自身は、裸になることとは無関係のような口ぶりである。
「そう。南さんには、何も着けさせないで。裸足にさせて」
 香織は、腕を組んだ、尊大な態度で答える。
 秋菜は、二度、軽くうなずいた。それから、涼子のランニングシューズをつかんだ。
「脚、自分で上げなさいよ。いちいち、イライラさせないで」
 まさに、涼子のことなど、人間扱いしないで構わない、という命令の仕方だった。
 涼子は、秋菜の手の動きに合わせて、自ら片脚ずつ上げていく。
 ランニングシューズを脱がされ、続いて、黒のスパッツを、両脚から抜き取られる。最後に、バレーソックスも脱がされた。
 涼子は、裸足で地面に立った。
 コンクリートのひんやりとした感触を、足の裏に、嫌というほど感じる。それにより、自分は、もはや下着しか身に着けていない、という事実が、心の芯まで染み込んでくる。いよいよ、本格的に、泣きたい気持ちが湧き上がってきた。
「もう、このパンツも、今すぐ脱がしてあげようか?」
 秋菜は、そう口にし、涼子の身に着けている、白いパンツの左サイドの部分を、いきなり指でつまむと、嫌がらせみたいに、ぱちんと弾いた。
 その瞬間、恥部を露出させられる、という極度の恐怖に襲われた。
「やめてぇぇぇぇ!」
 涼子は、思わず叫び声を発し、両手でパンツをきつく押さえた。
 秋菜は、おもむろに立ち上がると、ふっ、と苦笑しながら、涼子の下着姿を眺める。
「なんなのよ、その、白いブラに、白いパンツの組み合わせは。見てると、寒気がしてくるんだけど……。うちの学校に、下着は白、みたいな校則、あったっけ? それとも、優等生は、そうあるべきとか、あんた、自分で、そう思ってるわけ?」
 ブラジャーの色は、部活の練習のことを考えると、仕方がないのだが、今日という日に限って、セットの白いパンツをはいてきてしまったことは、涼子自身、猛烈に後悔していた。むろん、汚れが目立つからだ。
 それにしても、秋菜が、涼子の下着姿を前にして、まるで他人事のように振る舞っているのは、どうにも解せない。涼子の次は、秋菜が脱ぐ番なのだ。今の涼子の姿は、近い未来の自分自身の姿だという不安を、秋菜は抱かないのだろうか。

「滝沢さん、その、脱がせたものを全部、こっちに、よこして」
 香織は、カモンカモンというふうに手招きする。
 秋菜は、その指示に従い、汚物にまみれた衣類でも触るような手つきで、汗で濡れそぼった涼子のスパッツをつまみ上げ、さらに、ソックスとシューズを持って、香織のところに行った。それらが、香織の手に渡る。
 香織は、さながら宝物でも手に入れたかのように、涼子の身からはぎ取ったもの一式を、感慨深げに見つめる。だが、ソックスとシューズは、地面に置いた。その後、涼子のスパッツの上縁を両手で持ち、顔の高さに掲げた。スパッツの前が、香織の顔のほうに向いている。しばし、そうして眺めていたが、なにか意を決したように、スパッツに顔を近づけた。涼子の位置からは、死角になっていたが、香織が、スパッツの、ちょうど恥部に当たる部分に、鼻を寄せたのは、どう見ても明らかだった。
 涼子は、香織のその行為に、胃液が込み上げてきそうな気分になり、まぶたを閉じて顔をそらした。
「うっひゃっ!」
 香織は、悲鳴みたいな甲高い声を発する。
「ちょっとちょっと……、さゆりも、この、南さんの、ま○こ汗の臭い、嗅いでごらんよっ」
 涼子は、薄目を開け、性悪の後輩の姿を、視界の隅に入れた。
 さゆりも、好奇心を抱いたらしく、下卑た笑いを顔に張りつけ、香織のところに近寄った。香織がぶら下げている、涼子のスパッツに、顔を寄せる。
 それ以上は、もう見ていたくなくて、涼子は、ふたたび瞑目した。
「ぐえ! この臭い……、なんていうか、いかにも、毒素が、この股の部分に染み込んでるって感じですねえ」
 香織とさゆりは、下品な笑い声を立てる。
 いったい、この女たちの精神構造は、どうなっているのかと、涼子としては、不思議でならなかった。同性である女が着用していた衣類の、恥部が当たる部分の臭いを確かめる。どう考えても、常軌を逸した変態行為としか思えないが、それが、この場では、堂々とまかり通っているのだ。ここは、学校などではなく、自分は、それこそ、別世界にでも紛れ込んでいるのではないかと、そんな錯覚すら覚え始める。



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