バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十二章
不気味な響き
1



 世にも理不尽な状況だった。
 
 滝沢秋菜は、歓喜に満ちた声を響かせる。
「嬉っしい! わたし、ストリップさせられるって聞いた時には、本当に、泣きそうになったもん。でも、今は、違う意味で涙がこぼれそう。なんかもう、生き返ったような気分よ!」
 すでに、秋菜のセーラー服は、すっかり整え直されていた。青色のスカーフも、ちゃんと巻き直してある。
「感謝しなさいよ、あなた」
 吉永香織は、尊大な態度で言う。
「はいっ。わたしにとって、吉永さんは、女神のような存在です。本当に、ありがとうございます!」
 秋菜は、恋する乙女のように、胸の前で、両手を組み合わせた。
 南涼子は、その秋菜の姿を、妬ましい思いで凝視する。つい今しがたまで、身に着けていたものを取り返すために、性悪の後輩を、延々と追い回してきた。だが、頭の中の混乱が、徐々に鎮まってくると、自分が、麻酔でもかけられたかのように、平衡感覚を失っていることに気づき、やむなく足を止めたのだった。
 少女たちの狂騒も、いつの間にか収まっていた。
 
 ここで、涼子としては、今一度、尋ねずにいられなかった。
「えっ、どういうこと!? 滝沢さんは、なにも脱がなくていいの!?」
 嫉妬心を表に出さないよう意識する。
「だから、そうだってば」
 香織は、何度も言わせないで、というふうに答える。
 その直後、秋菜は、にかっと笑った。
「ああ、よかった……。あんなふうに、ならずに済んで」
 愚弄するような秋菜の眼差しが、半裸の涼子に向けられる。
 涼子は、乳首を覆い隠している両腕を、きつく乳房に押し当てる形で、自分の両肩を抱いた。香織に、重ねて問う。
「なんで!? なんで、吉永さんは、急に、気が変わったの!?」
 すると、香織は、心地よさそうな表情をする。
「うーん。だって……、滝沢さんって、面白すぎるんだもん。ほんっと、自分のことしか考えてなくて。ここまで身勝手な女、ドラマや映画の中でも、なかなか見られない。それで、なんか、逆に、気に入っちゃってねえ。っていうか……、身勝手とか通り越して、この人、悪女だよね、悪女」
 涼子は、それを聞いて、言葉を失った。
 自分のことしか考えない、身勝手さ。秋菜のそんなところを、香織は、気に入っただと……? それゆえ、覚醒剤を使った証拠の写真を、弱みとして握っておきながら、秋菜には、なんら辱めを与えないだと……?
「えええっ……、わたしって、悪女かな? 自分では、結構、性格のいい人間だと思ってるんだけど。まあ、結果的に助かったから、オッケーか」
 秋菜は、胸もとまで垂らした髪の毛先を、両手でふわりとかき上げる。今や、普段の彼女らしさを、完全に取り戻したように、いかにも涼しげな雰囲気をまとっている。
 あの子は、助かったのか……?
 まだ信じられない思いだが、どうやら、そのようだ。
 つまり、秋菜は、今の涼子みたいに、パンツ一枚という、屈辱的な格好をさせられることもない。いや、そればかりか、結局、下着を見られることすらなかった。
 では……。
「えっと、だったら……、わたしは、どうなるの……?」
 涼子からすれば、恐ろしく勇気のいる質問だった。
「あなた……? うーん、そうだねえ。舞ちゃんが、スペシャルゲストとして来てるわけだし、南さんには……、予定どおり……、セクシーショーを、演じてもらおうと思うんだよね」
 香織は、思案げに、上方に目をやりながら、そう返答した。
 頭の中が、吹雪に覆われたように真っ白になる。
「おかしいっ! そんなの、おかしいじゃないっ! どうして、わたしだけ、そんな目に遭わないといけないのよっ! 狂ってる!」
 涼子は、体を左右に激しく揺らしながら、大声を上げて抗議した。
 
 誰も言葉を返さない。
 わずかの間、沈黙が流れた。
「えっ……。なに、南さん。ひょっとして……、南さんは、不満、なわけ?」
 香織は、とぼけるような表情で、目をしばたたきながら、こちらを見返している。
「……不満、って、そりゃあ」
 涼子は、言いよどんだ。
「喜びなさいよお!」
 香織は、素っ頓狂な声を発する。
「同じクラスの子が、脱がないで済むことになったんだよ? これは、喜ぶべきじゃないの? たとえ、自分は脱ぐことになろうと、ほかの子には、自分と同じ思いをしてほしくない。それが、人としての思いやりってもんでしょう? 南さんは、そういう優しい心を、持ってないわけ?」
 めちゃくちゃなことを言われている。だが、その一方で、正論めいたところもあるような気がする。そのため、涼子としては、どう反論するのが正しいのか、判断がつきかねた。
「……そんなっ」
 ぽつりと声をこぼす。
 香織は、にやっとした。
「そういう優しい心は、持ってなかったってわけね……? それどころか、滝沢さんだけ、脱がずに済むなんて、ものすごく、ずるいって思ってる? もう、滝沢さんのことが、妬ましくて妬ましくてしょうがない?」
 涼子は、心の醜い部分をまさぐられている感じがし、つい狼狽してしまった。
「あっ、その顔は、図星なんだ……。いけないねえ、南さん。そんなふうに、ほかの子を道連れにしたがるなんて。なんか、南さんの化けの皮が、どんどん剥がれてきたって感じ。苦しい時にこそ、その人の本性が現れるっていうからね……。南さんって、案外、陰険な性格の、いやーな女だったんだね」
 香織は、ほの暗い悦びの表情で言う。
 すると、ほかの者たちも、香織の意見に同感の意を表すように、小さくうなずいたり、侮蔑の眼差しを、涼子に投げかけてきたりした。
 この場において、涼子は、無理やり半裸にさせられているという、完全なる被害者の立場であり、その状況を愉しんでいる香織たちは、鬼畜としか言い様がない。だから、人間性について非難されるべきは、どう考えても、香織たちのほうのはずである。しかしながら、今は、加害者側の香織たちより、むしろ、南涼子こそが、性根の腐った人間だというような、そんな倒錯した空気が流れているのだ。
 涼子は、唇を引き結び、香織の、つり上がり気味の目を、じっと見すえていた。下を向いているよりは、まだ、そうしているほうが、自分の矜持を保てるという思いだったのだ。だが、そんな涼子の顔つきも、周りの目には、さぞかし、浅ましいものとして映っているのだろう。涼子にとっては、心を裂かれるほど惨めな状況だった。

「あ、それと、滝沢さん。念のために言っておくけど、あくまでも、あなたは、南さんの『仲間』だからね。それを、忘れないように。だから、南さんに、セクシーショーを演じさせるのは、あなたの義務だよ。もし、その義務を果たせなかったら、あなたには、責任を取ってもらうからね。責任を取るっていうのは、言うまでもなく、覚醒剤の件で、退学ってことだよ」
 香織は、秋菜を脅迫する。
「はい、了解しました。この女のことは、わたしに任せてください。この女が、恥ずかしさのあまり、泣き叫ぼうが、恐怖のあまり、失禁しようが、わたしは、一切、容赦しません。わたしが、髪の毛をつかんで引きずってでも、この女に、ショーを演じさせてやります」
 秋菜は、魔物の微笑みを浮かべた。
 現在の涼子は、秋菜によって、見えない首輪で拘束されている身である。秋菜に逆らえないのは、すなわち、香織の要求に従うほかないことを意味する。ただ、その構図自体は、先ほどから、ずっと続いてきたことでもある。一変したのは、香織の気まぐれにより、涼子の『仲間』でありながら、秋菜だけは、助かった、という点だ。それゆえ、涼子は、香織たちによる性的な辱めを、この一身に受け止めることになったのだ。考えれば考えるほど、訳がわからなくなってくるような、理不尽極まりない話だった。



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