バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十二章
不気味な響き
5



 気づくと、涼子の身に着けていたものは、全部、地面に捨て置かれていた。
 香織は、その山に、白いパンツを載せると、方向を変え、一年生の足立舞のところに歩いていった。
「舞ちゃん。南せんぱいが、完全な裸になったから、これで、いよいよセクシーショーの始まりだよ。わくわくする?」
 そちらを見ると、なにやら、舞の顔も、今の涼子と同様、りんごのように紅潮していた。
 女同士とはいえ、告白の手紙を渡した相手である、先輩の裸体を、実際に目にする。もしかしたら、それは、中学を卒業したばかりの一年生にとって、血の沸騰するような体験なのかもしれない。
「えっ、えっ……。南先輩が……、パ、パンツまで脱いで、本当に、裸になって……、なんだか、あたし……、まだ、信じられない気持ち……」
 嬉し涙がこぼれそうなのか、舞のその声音は、潤んだ響きを帯びていた。
 パンツまで、『脱いで』……?
 まるで、涼子が、自ら好き好んで、ストリップショーを披露しているかのような物言いである。人を馬鹿にするのも、いい加減にしろ、と言ってやりたい。涼子は、意思に反して、すべての衣類を『脱がされた』のだ。これは、紛れもない性暴力である。あの一年生は、今や、自分自身が、その加害者側の一人になっていることを、まったくもって理解していないのだろうか。
 涼子は、その神経を疑う思いで、舞の表情を、見るともなく横目で見つめた。
 しかし、舞は、悪びれたふうもなく、赤面した顔の熱を冷ますように、小さな両の手のひらで、ほっぺたを包み込み、涼子の姿に見入っている。異様なのは、その目の光だった。嵐のような性的興奮の作用なのか、瞳孔が、大きく開いているように見える。その表情を見て、今の舞に、理性的な思考を求めるのは、土台、無理であることを悟らされた。
 涼子は、諦観の念を抱き、一度、軽く目を閉じると、その後は、舞から目を逸らした。自分の裸体を見て、劣情を催している、同性の後輩の顔など、視界の隅にも入れたくなかった。
 だが、そうしていても、舞が、目の焦点を、どこに合わせているのかは、じりじりと肌を焦がされるかのように、嫌でもわかってしまうのだった。紫がかった赤い色の乳首。大きくも小さくもない乳輪。すっかり大人の女性の体になっていることを示す、成熟した乳房全体。それらを、舐め回すように観察されている。
 やがて、舞の視線が、ゆっくりと下降していき、涼子が、両手を押し当てている部分に定まった。陰毛の一本たりともはみ出ないよう、ぴったりと手で覆っているにもかかわらず、どうやら、舞の関心は、涼子の体の、その一点に集約しつつあるらしかった。いや、もしかしたら、逆なのかもしれない。むしろ、涼子が、恥じらいを全開に、頑なに恥部を隠しているからこそ、舞としては、淫らな想像を、よけい、かき立てられて仕方がないのではないだろうか。
 今、舞の胸の内に渦巻いている、薄汚い欲望の念が、まるで、テレパシーのごとく伝わってくる感じがした。
 南先輩の、そこ……。ついさっき、写真で見た時、衝撃を受けちゃった。なんか、ものすごい毛深くて、ジャングルみたいだった。それが、もう、目に焼きついてる……。でも、あたし、やっぱり、生で見たい……。もじゃもじゃに毛の生えてる、そこ……、見たい見たい見たい見たい見たい……! 手をどけて、見せて見せて見せて見せて見せて……!
 恥部を押さえる両手の指が、引きつれを起こすほどこわばる。
 涼子は、思考を追い払うために、ぶんぶんと頭を左右に振った。これ以上、舞の心理に思いを巡らせていると、喉の奥から、絶叫がほとばしりそうだった。今、自分が、全裸姿をさらしていることで、あの、いかにも乳臭い一年生が、少なからぬ性的満足感を覚えているという、その事実は曲げようがない。だが、そのことは、頭の中から消し去るべきだろう。さもないと、この先、自分は、正気を保っていられなくなるに違いない。
 
 しかし、そんな涼子の内心を嘲笑うかのように、香織が、悪魔の提案をする。
「せっかくだから、舞ちゃん。南せんぱいの体に、いたずらしちゃおうか?」
 その言葉を聞いたとたん、涼子は、視界が暗転するような気分になった。
 だが、その時、秋菜が、横から口を挟んだ。
「待って、吉永さん。その前に、ちょっとだけ時間をくれないかな? わたし、どうしても、南さんに、話したいことがあって」
 話したいこと……?
「ああ、別に構わないよ」
 香織は、すんなりと了承する。
「ありがとう」
 秋菜は、微笑みを返し、それから、こちらに悠然と歩いてきた。
 涼子は、なんとも言い様のない、不吉な予感を抱き、近づいてくる秋菜に対し、心理的に警戒態勢を取った。
 二人の間の距離が、一メートルほどになる。
 秋菜は、涼子の目の前で、ぴたりと足を止めた。
 互いに、視線を合わせる。秋菜の目には、冷笑的な光が宿っているように見えた。
 全裸の涼子と、セーラー服を身に着けている秋菜。しかも、たった今、自分が、丸一日、着用していたパンツの臭いまで、秋菜に嗅がれてしまったということ。その秋菜と、こうして間近で対面することになり、涼子は、劣等意識の塊となっていた。
「それにしても、南さん、後輩たちも見てる前で、素っ裸にさせられるなんて、あなた、ほんっとうに惨めねえ。わたし、あなたみたいにならずに済んで、心の底から、ほっとしてるわ」
 秋菜は、開口一番、そう口にした。
 涼子は、秋菜の目を見たまま、あごを引き、半ば無意識のうちに、唇を突き出していた。秋菜の発言に対して、反発する意思を示しているのではない。むしろ、同情を欲する気持ちを、前面に出した表情なのだった。自分のことを見下す相手を前に、こんな表情を作っている情けなさ。
 秋菜は、つと、視線を落とした。涼子の両手が重なっている部分を、冷ややかな目で眺める。そして、ふっと笑った。
「おっぱいのほうは、隠さないでいいんだ? 下だけは、徹底して両手で隠しておきたいんだ? まあ、南さんの場合、その気持ちは、わからないでもないけど……。この前、体育館で、南さんが、犯罪そのものの痴態をさらしてた時、わたしも、見ちゃったもん。南さん、下の毛……、もっさもさだよね。正直、コンプレックスなんでしょ?」
 そう訊いてくる秋菜の顔は、実に嫌味ったらしかった。
 涼子は、突き出した唇に、きゅっと力を入れ、自分のことを侮辱する、秋菜の目を見続ける。もしかすると、世界中の誰一人として、今の涼子の顔つきを見て、いい印象を抱く者はいないかもしれない。逆に、胸のむかむかするような気分になる人が、圧倒的多数なのではないか。そんな思いも、涼子の脳裏に去来した。

「まあいいや。話っていうのはね、ほかでもない……、南さん、あなたの、醜い自己保身についてよ」
 秋菜は、両目を細めて言った。
 自己保身……。
 それは、涼子ではなく、秋菜の、これまでの言動を指す言葉であろう。
「まず、一点目。さっき、あなた、白状したよね。わたしのバッグから、写真を盗んだこと。いくら、吉永さんから、脅迫されたとはいえ、クラスメイトのものを、ほいほい盗むのって、どうなの?」
 秋菜から、そのように指摘を受け、涼子は、戸惑いを覚えた。どうやら、秋菜は、その件について、まだ、涼子のことを許してなどいないらしい。
「あ、あのっ、ごめん……。わたし、吉永……、いや、吉永さん、から、脅されてたことは、さっき、滝沢さんに話したんだけど……、そ、そのこと……、もうちょっと、その、詳しく話させてくれる? さっきは、言いづらかったことも、今度は、全部、隠さずに話すから。ねっ?」
 恥にまみれた今、一語一語、声を発するだけでも、刺すような精神的苦痛が伴う。だが、それでも、最大限の誠意を込めた姿勢で、秋菜と向き合わねばならないと思った。
「いちおう、聞いてあげるわよ」
 秋菜は、素っ気なく答える。
「ありがとう……。あの、実は……、わたしが、吉永さんに、握られてた弱みっていうのは、滝沢さんが、さっき受け取った、三枚の写真、つまり、その、わたしが、変態みたいな行為をしてる姿を写した、三枚の写真ね、それと……、わたしが、まあ、なんていうか……、汚しちゃった、あの、滝沢さんの体操着のことだったんだよね……。それで、もし、滝沢さんの写ってる写真を、盗ってこなかったら、わたしの弱みである、三枚の写真と体操着のセットを、滝沢さん本人に届けるよって、吉永さんに脅されたの。その時、わたし……、このままだと、自分の高校生活が、終わっちゃうっていう恐怖に、心も体も押し潰されそうになって……、だから、どうしても、逆らうことができなかった……」
 涼子は、どもりながらも、懸命に事情を説明する。
「ふーん……。でも、そういう理由だったなら、写真を盗むんじゃなく、わたしに、何もかも打ち明けてくれたらよかったじゃない。吉永さんたちから、嫌がらせを受けてることも、わたしに関するもので、脅迫されてることも、全部ね。そうしていたら、南さんの抱えてた問題の多くが、解決したんじゃないのかな? どうして、そうしなかったの?」
 秋菜の口調は、あくまでも静かだった。
「えっと、わたし……、吉永さんたちから、何度も、こんなふうに、裸にさせられたり、もう、気が変になるような、恥ずかしい目に、遭わされたりしてたんだけど、そのことを、何も知らない滝沢さんに、全部、打ち明けるのが、な、なんていうか……、怖かったっていうか、あ、あと、あまりに……、普通じゃない内容だから、とても信じてもらえない気がしちゃって、だから……」
 あの時の苦しい心境を、ありのままに語る。
「だから、あなたは、わたしの写真が、わたしへの嫌がらせに使われることを、知っていながらも、盗むことを決意した、ってわけね……。ああー、わたしさ、本音を言うと、自分の写真が、保健の教科書に、あんなふうに貼りつけられてるのを見て、ものすごい傷ついたんだよなあ……」
 秋菜は、遠い目をして、はあっ、とため息を吐いた。
 涼子は、返す言葉も思い当たらなかった。
「自分が助かるためなら、クラスメイトが、どれだけ傷つこうが、最悪、地獄に引きずり込まれようが、どうでもいい、か……。これを、醜い自己保身と言わずして、なんて言うんだろうねえ」
 秋菜は、涼子に対する軽蔑心を、語尾に滲ませた。
 涼子としては、ぐうの音も出ない。
 たしかに、秋菜の言うとおりだ。
「う、うん……。滝沢さんの写真を盗んだことは、もちろん……、立派な、犯罪。その時点で、わたしは、人の道を踏み外してた。なのに、それだけじゃなく、その写真を使った、滝沢さんへの嫌がらせに、わたし自身が加わってたんだから、滝沢さんにとって、わたしは、もう、完全に、加害者側の人間だよね……。わたしって……、臆病者で、卑怯者だって、つくづく思う。でも、信じて……。わたし、あの日から、ずっと、滝沢さんに対する罪悪感で、胸がいっぱいだった。今は、心から反省してます。滝沢さん、本当に、ごめんなさいっ!」
 涼子は、両手で恥部を押さえたまま、秋菜に向かって、九十度近く腰を折り、深々と頭を下げた。その体勢のまま、秋菜の足もとを見つめる。秋菜から、何かを言われるまで、顔を上げないつもりだった。むろん、全裸で平身低頭しているのは、ひとりの人間として、これ以上ないくらい、惨めな気持ちである。だが、今は、とにかく、秋菜に、自分の過ちを許してもらいたかったのだ。



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