バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十三章
ジレンマ
8



「やっ! やあぁぁっ!」
 涼子は、驚愕の悲鳴を発し、両手で恥部を押さえた体勢のまま、明日香から逃れるべく、体中の力を振り絞って走り出そうとした。しかし、背中に、明日香が、がっちりと抱きついているため、早足で歩くことすら難しい。二、三メートルほど、ずりずりと明日香の身を引きずって進んだが、それが、体力的な限界で、足を止めざるを得なくなった。
「えっ、やだ……! 明日香、なに? わたしのこと、騙したの!? ちょっと、離してよおぉぉ!」
 涼子は、地団駄を踏むように、どたばたと脚を動かした。
「騙してなんかないよぉ、りょーちん。あたしが、りょーちんの、ま○こ、しっかりと押さえて隠しててあげるからぁ、安心して、両方の腕を上げてぇ」
 明日香は、人なつっこい口調で言いながら、両腕の位置を下げていく。ほどなくして、その、ほっそりとした両手が、涼子の下腹部に到達した。
 押さえる。
 その言葉の意味するところを、涼子は、ようやく、はっきりと理解させられた。
 信じがたいことに、涼子の両の手のひらと、恥部との隙間に、明日香は、両手の指を差し入れようとしてきたのである。
「ちょっ! ちょっ! ちょっと待ってぇぇっ! 本当に、なに考えてんのよぉっ、あんたはぁぁぁぁっ!」
 涼子は、両の手のひらを、一分の隙もなく恥部に押し当てたまま、命がけの修羅場さながらに取り乱し、怒鳴り声を張り上げた。
「遠慮しないで、いいんだよぉ、りょーちん。ま○こ隠すのはぁ、あたしに任せてっ。同じバレー部、キャプテンとマネージャーの仲じゃなーい。お互いにぃ、どんなことでも、協力し合わないとねぇ」
 今、明日香の両の手のひらは、涼子の両脚の付け根に、べったりと張りついている状態である。
 この、竹内明日香という変態女を、一瞬でも信じてしまった自分は、世界一の大馬鹿者だ……。
 涼子は、自分の救いようのない愚かさを、心の底から悔やんでいた。
 
 ぎゃはははははははっ、と香織の汚い笑い声が響く。
 香織は、こちらを指差しながら爆笑しており、また、隣のさゆりも、腹を抱えて身を揺すっていた。どうやら、明日香の大胆不敵なやり方が、二人にとっては、よほどツボにはまったらしい。
 先ほど、香織は、明日香の、鬼気迫る演技の前に、冷や水を浴びせられた様子だったが、今では、それが嘘のような上機嫌ぶりを見せている。
「南さんさあ……、明日香の、せっかくの好意なんだから、ありがたく受け入れればいいでしょ? そうすれば、腋毛の検査をしてる間、滝沢さんと舞ちゃんに、ま○こまで見られる心配は、なくなるんだから。いったい、なにを遠慮してるわけ?」
 涼子は、両の手のひらで、恥部を、というよりも、正確には、Vゾーンの陰毛部分の全体を、まさしく死守している状況だった。だが、明日香のほうも、両手の指で、涼子のそのガードを、左右両側から、執拗にこじ開けようとしてくる。
 
 吉永香織。竹内明日香。石野さゆり。
 過去、この三人には、気が変になるほどの恥辱を、数え切れないくらい味わわされてきた。
 主犯格であり、また同時に、涼子に関する、あらゆる企ての筋書きを練っていると思われるのが、吉永香織である。
 しかしながら、思い返せば、曲がりなりにも同じ女である以上、守るはずの『一線』を、最初に踏み越えてくるのは、いつも、この、竹内明日香だった、という気がしてならない。
 そして、今現在も、ふたたび、それが繰り返されようとしているのだ。
 だが、今回ばかりは、どう考えても、これまでとは次元が違う。どう考えても……。
 竹内明日香は、変態だ。それは、晴天の空の色は、青い、と表現するのと同じくらい、考えるまでもなく断言できることだった。しかし、だとしても、である。その明日香にしたって、毎日、学校に通い、ほかの生徒たちと同じように、学んだり笑ったり、時には怒ったりして、この多感な時期を過ごしているのだ。見たところ、親密に付き合っている友達も、大勢いるらしい。テストは、赤点だらけ、という話を聞いたこともない。ただ、彼女の、ウェーブのかかった茶髪だけは、校則的に問題であるだろうが……。つまり、本性が、どうであれ、表向きは、普通の女子高生であることを装うだけの、常識的な判断能力は、きちんと備わっていることを意味している。
 今、明日香が行おうとしているのは、そのような少女であれば、自分の体面のことを考え、はばかるのが当然の行為なのだ。明日香自身も、その程度のことは、頭のどこかでわかっているはずだった。
 涼子は、いちるの望みをかけて口を開いた。
「ねっ、明日香……。少しだけ、耳を傾けてくれる……? なにこれ、明日香……。人の、こんなところ、触ろうとしてくるなんてさ、まともな女の子の、やることじゃないよね? 自分でも、キモい、って思わない? はっきり言って、今の明日香、狂ってるよ……。まあ、わたしからすれば、ここにいる全員、普通じゃない気がするんだけどさ。あっ、滝沢さんだけは、別ってことね……。ただ……、今の明日香は、その中でも、とくに、変……。変態、なんてものじゃない。なんていうか……、言い方は悪いかもしれないけど、性的異常者っていう感じ……。でも、でも、わたし、普段から、明日香のことを、間近で見てるから、明日香が、そんな子だとは、とても思えないの。お願いだから、冷静になって? ね? ね?」
 どやしつけたい衝動を押し殺し、小さな子供を相手に、優しく教えさとすような口調で語りかける。
 言い終えても、明日香は、なんら返事をしなかった。ただし、涼子の両脚の付け根に押し当てられた、その両手は、動きを止めていた。もしかすると、涼子の指摘が、胸に突き刺さったのだろうか。
 涼子は、その静けさを、逆に不気味に感じながらも、明日香が、自らの行いを恥じて引き下がることを、全霊で祈っていた。
 だが、後ろから返ってきたのは、涼子の希望を打ち砕く言葉だった。
「ダメェ!」
 明日香の、一喝するような声を、背中に浴びた。
「腋毛の検査を受けるのはっ、りょーちんの、義務でしょっ! 義務なんだから、早く、両方の腕を上げなさいっ!」
 そうして、明日香の両手が、涼子のガードの下に入り込もうとする動きを、猛然と再開した。



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