バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十四章
乙女の叫び
1



 あれは、ほんの一時間ほど前のことだろう。もう、あれから、何日も過ぎ去ったような感覚だが。
 体育館の館内通路での出来事が、今この瞬間、南涼子の脳裏に去来していた。
 うつ伏せに横たわり、竹内明日香の手で、マッサージを施されていた時のことである。涼子の身に着けているTシャツとスパッツは、滝に打たれたように汗で濡れそぼっている状態だった。だが、明日香は、そんなことなど意に介さない様子で、涼子の体の、とくにバレーで筋肉疲労の溜まる部分を、重点的に揉みほぐし続けた。
 その場には、不思議と、語り合えるような雰囲気が醸成されていたのだ。
 だから、涼子は、明日香の情に訴えるべく、苦しみと悲しみ、そして絶望でいっぱいの自分の胸中を、とつとつと吐露していった。
 ところが、涼子が、言いたいことを言い終えてから、まもなく、明日香の手つきが一変した。突然、涼子のおしりの肉を、ぎゅうっと押し上げてきたのである。ちょうど、ヒップアップマッサージみたいに、その動作を繰り返す。
 当然ながら、涼子は、戸惑いを禁じ得なかった。
 たとえ、スパッツの上からとはいえ、また、同性の手とはいえ、体のそんなところは触れられたくない。だが、喉まで出かかっている拒絶の言葉を、ぐっと呑み込んでいた。せっかくの和やかなムードを、なるべく壊したくない、という思いがあったのだ。
 しかし、ほどなくして、明日香の手つきが、一層、性的な意味合いの強いものに変わった。涼子のおしりの、もっとも盛り上がったところに、両の手のひらを張りつけると、爪を立てるように十本の指を動かし、ぐにぐにと、その部分を揉んできたのだ。
「んんー?」という明日香の声。
 明日香は、涼子を挑発する際、しばしば、そのような声を出す。
 それを聞いて、今、自分は、またも、明日香から性的な辱めを受けているのだと、遅まきながら悟る。
 これ以上は、我慢ならない。
「明日香、変なところ触るの、やめて!」
 涼子は、一度目の抗議の声を上げた。
 それにより、明日香の手が、ぴたっと止まった。
 二人の間に、一転、息詰まるような空気が流れるのを、肌で感じる。
 涼子は、失意に打ちひしがれていた。
 結局のところ、自分が、どれだけ心を開いても、明日香に対しては、無意味だということが、よくわかったからだ。だが、それならそれで諦めるしかない。明日香も、もう引き上げるだろうし、自分も、部室に向かうことにしよう。
 そんなふうに考えていた。
 ところが、明日香は、何を思ったのか、よりエスカレートした行為を加えてきたのである。
 そう。
 わずかに開かれた涼子の股の間に、そっと右手を差し入れてきた。そうして、恥部に触れると、スパッツ越しに、大陰唇の肉をこね回すように、指先でいじり始める。
 その瞬間、涼子は、頭の中で、紅蓮の炎が燃え上がるのを見た気がした。がばっと上体を起こし、明日香のほうに身を反転させる。そして、怒りの声をぶつけた。
「変なところ触るの、やめてって言ってんの!」
 まともな感性を持つ、ひとりの女の子として、自分は、至極、当然の反応を示したのである。
 しかし、今となっては、あの時の自分が……、あの程度のことで、明日香に、食ってかかっていた自分自身が……、妙に懐かしく思われてならない。
 スパッツの上からとはいえ、触れられたら、一瞬のうちに、忍耐の臨界点を超えた、いわゆる女の子の大事なところ。だが、今や、スパッツはおろか、パンツまでもはぎ取られ、裸出した状態の、その部分に、あろうことか、明日香の両の手のひらが、じかに押し当てられているのだ。しかも、明日香の手は、もっさりと茂った陰毛を、指で引っ張ってきたり、恥丘の盛り上がりぶりを確かめるように、Vゾーンを撫で回してきたりと、ねちっこい動作を、絶えず繰り返している。にもかかわらず、今の自分は、全力で抵抗するどころか、両手を頭の後ろで組み、服従のポーズを取ったまま、身動きひとつしないで耐えているという、この現状。
 ほんの一時間ほど前の自分には、夢想すらできなかった、まさしく狂気の沙汰である。
 
 主犯格である吉永香織と、性悪の後輩、石野さゆりの二人は、終始、悪霊に取り憑かれているかのような、陰険な笑い顔を浮かべていた。
「滝沢さんと、舞ちゃんも、もっとこっちに、おいでよ」
 香織が、やや離れたところに立っている二人に呼びかける。
 すると、滝沢秋菜と、足立舞も、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
 ショーを見物するかのごとく、涼子の正面に、四人が、肩を並べて立つ形となる。
 涼子は、その四人の顔ぶれを見て、今さらながら、目のくらむような非現実感に襲われた。
 最大の誤算は、涼子の『仲間』でありながら、滝沢秋菜だけは、香織の気まぐれにより、なぶり者にされる運命から逃れられたという点だ。涼子が、常日頃から、苦手意識を抱いており、距離感について悩まされていた、あのクラスメイト。
 思えば、滝沢秋菜に対しては、苦手な相手であるがゆえに、ある種の対抗心のようなものを持っていたという気がする。この子にだけは、下に見られたくない、という心理。ある時は、自分が、バレー部の友人たちと大はしゃぎしながら、いわゆる変顔を披露している最中、ふと、秋菜からも、視線が向けられていることに気づくと、そのとたん、ものすごく恥ずかしくなってしまったり。あるいは、また、体育の時間に、汗まみれになり、その格好で、秋菜のいるグループと行動を共にしていると、自分の体が汗臭くはないかと、無性に心配になったり。つまり、秋菜に、どう見られているか、どう思われているか、という気がかりが、常に頭の片隅にこびり付いていたのだ。まるで、好きな異性の目を、意識せずにはいられない、乙女心のように。
 今では、その滝沢秋菜が、しれっと加害者側に立っており、恥辱に悶える涼子の姿を、上から下まで観察している。その冷ややかな印象を放つ眼差しに、好奇の色すら湛えて。
 だが、涼子にとって、現実味がない、というより、嘘だと思い込みたいのは、今の自分と秋菜との、そんな無情なる対照性だけではなかった。
 過去、涼子に、同性愛的な好意を寄せてきた、この学校の生徒は、両手の指で数え切れないほどいる。けれども、涼子は、そんな彼女たちに、一度として、嫌悪の目を向けたことはない。なにせ、彼女たちの好意とは、やましい思いなど含まれていない、純真な感情なのだと捉えていたからだ。
 しかし、今日この場で、その認識は、足立舞の行動によって完全に覆された。
 女の子同士とはいえ、どうやら、人が人に恋心を抱くからには、その根底に、多かれ少なかれ、どろっとした欲望が沈殿している、という事実を、涼子は、身をもって思い知らされたのだ。
 すべての衣類を奪われ、全裸での屈伏を強いられている涼子を前に、舞のその欲望は、とどまることなく増幅し続けているらしい。今や、足立舞は、その幼い外見とは裏腹に、薄汚い劣情を隠そうともせず、目をらんらんと輝かせて、香織の言うところの、明日香の手による『手パン』状態の、涼子の下腹部を、食い入るように見つめていた。
 これでは、まるで、性的な事柄に興味を持ち始めたばかりの、小学生の男児の前で、自分は、裸体をさらしているかのような、そんな錯覚すら覚える状況である。
 涼子は、意図して目線を虚空に向けた。前に立つ四人の、誰とも目を合わせたくなかったのだ。
 ひるがえって、竹内明日香は、現在の自身の行為について、その滝沢秋菜と足立舞の目に、涼子の恥部を触れさせないようにするため、との理由付けをしていた。とことん人を舐めきった言い草である。明日香が、同性である涼子の肉体を、直接、自らの手で陵辱したいという、恐ろしく倒錯した欲求から、このような行為に及んでいることは、誰がどう考えても明らかなのだ。にもかかわらず、それに、黙って耐え続けている自分は、いったい、何者なのかと自分自身で思う。
 けれど……。
 もしも、明日香の両手が、次の瞬間にでも、自分の恥部から離れたなら、どうなるだろう。いや、想像するまでもない。それまでは、不本意な形ながらも隠されていた、Vゾーンに、前にいる四人の視線が、一挙に突き刺さってくるのだ。女の子の聖域であるという以上に、自分が、強烈なコンプレックスを抱えている部分を、滝沢秋菜と足立舞の二人にも、すっかりさらけ出すということ。正直なところ、それは、自分にとって、何より耐え難いことかもしれない。
 涼子は、その、見えない壁に前後から挟まれ、身も心も押し潰されていくようなジレンマのなかで、自分が、正気と狂気の間をたゆたっているのを感じていた。

「明日香、明日香、忘れちゃダメだよ。南さんは、滝沢さんのシャツを、ま○こに食い込ませてオナニーして、やらしい汁で汚した、っていう前科があるんだからね。つまり……、相当、レズっ気があるってこと。だから、気をつけたほうがいいよ。明日香に、あんまり触られてると、南さん、あの時みたいに、本気で感じ始めて、やらしい汁を垂れ流すかもよ。そうなったら、明日香の手、思いっ切り汚されちゃうでしょ」
 香織が、涼子としては、聞くに堪えないことを言う。
「ですよね……。レズって、わりと、若い女の子なら、誰でもいいから、エッチなことしたい、されたい、みたいなところ、ありそうですしぃ。南せんぱいの場合も、本命は、滝沢先輩だけど、気持ちよくしてくれるなら、明日香先輩も、アリ、とか思ってそう」
 さゆりも、下卑た性根を露わに同調する。
「そうなの? りょーちん。レズのりょーちんはぁ、あたしの手で、ま○こが、濡れ濡れになっちゃいそうなのっ?」
 明日香が、後ろから、咎めるような口調で問うてくる。
 むろん、涼子は、返事をする気になどなれなかった。
 レズだレズだというが、それならば、女でありながら、同性である女の恥部を、自ら好き好んでまさぐっている、この竹内明日香こそ、その疑惑を向けられてしかるべきである。だというのに、その穢らわしい行為の餌食となっている側の、涼子が、なぜかレズ呼ばわりされているのだ。これほど馬鹿な話が、ほかにあるだろうか。
 そこへきて、そんな涼子の恥部を押さえている、明日香の手つきが、ますます淫猥なものになり始めた。陰裂部の上端に、右手の指先をあてがい、そこを執拗にこすってきたのである。それにより、女性器のなかでも、とくに敏感な部分が、くにくにと圧迫刺激を受ける。
「うーん?」
 明日香は、いつものあの、挑発的な声を出した。
 変なところ触るの、やめてって言ってんの……!
 体育館の館内通路で、スパッツ越しに恥部をいじられた時、明日香に向かって浴びせた、自分のその言葉が、耳の奥底によみがえる。しかし、その直後、涼子の口から出たのは、意味のある言葉ではなく、喉にたんの絡んだ、ひどく汚らしい苦悶の声だった。
「アッアッアッ、アアアヴァ……、グヴァアアアアアアアアアアアッ……」
 自分の耳にさえ、それは、とても思春期の少女の口から発せられたとは思えない、野獣の唸り声じみた響きに聞こえた。
 吉永香織と石野さゆりが、顔を見合わせて、ひひひっ、と笑い合う。
 その時、滝沢秋菜が、一歩、こちらに足を踏み出し、おもむろに口を開いた。
「ねえ、南さんさあ……、あんたって、過去に何度も、吉永さんたちから、こんな目に遭わされてきたの?」
 苦笑混じりの問いかけだった。
 涼子は、それに答えることはせず、虚空の一点を、にらみ付けるように見すえていた。
「まったく、よく耐えられるわねえ。ある意味、尊敬しちゃうわよ……。率直に聞きたいんだけどさ……、あんたには、女としてのプライドってものが、ないわけ?」
 秋菜は、虫の湧いた生ゴミでも見るような、蔑みの視線を、こちらに向けてくる。どうやら、秋菜にとって、唾棄すべき人物は、同性への陵辱行為にふけっている明日香ではなく、むしろ、その被害者である、涼子のほうらしい。
 女としてのプライド……。
 もちろん、涼子にだって、それは、ちゃんとある。当たり前ではないか。
 そもそも……、である。本来ならば、この地獄から脱出できるはずだった涼子の身を、見えない首輪で拘束し、香織たちの饗宴のための、生贄として差し出したのは、ほかならぬ秋菜なのだ。その『手柄』も評価されてのことだろう、秋菜だけは、衣類を一枚も脱がされることなく、香織の配下というポジションに、ちゃっかりと収まった。つまり、今現在の秋菜の安泰な身分は、涼子の犠牲の上に成り立っているといっていい。それでいて、涼子の神経を逆撫でするような言葉を、ぬけぬけと吐く。
 涼子としては、そんな秋菜のことが、どうしても許せないと同時に、妬ましくて憎らしくてたまらなかった。いっそのこと、秋菜に襲いかかり、身に着けているそのセーラー服も下着も、引き裂くようにはぎ取り、今の自分と同じように、一糸まとわぬ全裸にさせてやりたい、という衝動が、体の芯から湧き上がり、全身に広がっていく。



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