バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十五章
もどかしい距離感
1



 子供から大人の女性へと成長していく過程における、もろもろの身体的変化に関しては、ともすると、ネガティブに受け止められがちだ。
 とりわけ、陰部の発毛に限っては、ひょっとすると、世の大多数の女の子が、言葉にならないショックを受け、友達にも、また親にも、このことを知られたくない、自分の胸の内に秘めておきたいと、そんなふうに考えるのかもしれない。
 もちろん、十七歳の今となっては、すでに、遠い過去の話である。
 しかしながら、誰にも見せられない、という思いだけは、第二次性徴期を迎えた当初から変わらぬままだった。その最大の理由は、陰部の毛深さに、強烈なコンプレックスを抱えていることにある。
 自分とは、極めて微妙な関係にある、二人の生徒も見ている前で、そんな部分をさらけ出さねばならない状況に追い詰められた身としては、とにもかくにも、プライドを、綺麗さっぱり捨て去らなければならなかった。また、その前段階として必要なのが、徹底的な自己否定だった。
 セーラー服姿の生徒たちの前で、ただひとり、全裸姿をさらしている、今のわたし。この地獄絵のごとき惨状こそ、わたしと、彼女たちの力関係を、端的に物語っている。わたしは、見えない首輪に身を拘束されており、言ってしまえば、彼女たちの奴隷なのだ。奴隷であるがゆえに、身に着けていた衣類はおろか、人間にとって大切なものを、ほぼ全部、奪い取られたというわけだ。
 そう……。
 わたしに残されているものといえば、この裸の体だけ。それも、健全な状態の体ではない。全身の毛穴という毛穴から、止めどなく噴き出してくる、あぶら汗により、髪の毛は、頭皮にべったりと張りつき、腋から、乳房から、おしりから、汗のしずくが、ぽたぽたと、地面にしたたり落ち続けているような有様である。また、その汗の量に正比例するように、自分の体が、猛烈な臭気を放っていることも、嫌というほど認識している。そんなわけだから、自分のことながら、思春期の少女らしさとは、恐ろしくかけ離れた、まさしく恥まみれの体だなと、つくづく感じさせられる。
 あと、残されているものを、しいて挙げるとすれば、醜く歪んだ、この心。
 どうして、わたしだけ、こんな悲惨な目に遭わないといけないのよ……!?
 この世の中、不条理にもほどがある。許せない。正直なところ、今この瞬間、幸福な時間を過ごしている人たちが、世間には大勢いると思うだけで、気が狂いそう……。
 これでは、自ら認めざるをえない。
 今のわたしは、生きとし生けるものすべてを憎む、怨念の塊と化してしまっている。
 体は不潔この上なく、おまけに、心までも腐りきった、毛むくじゃらのケダモノみたいな生き物の、わたし、南涼子……。うっわぁ、サイアク……。
 ここで、百八十度、考え方を変えてみればいい。
 だけども……、こんな女を、支配者側の立場である彼女たちは、奴隷として、つまりは、ひとりの人間として扱ってくれようとしているのだ。それならば、わたしとしては、むしろ、感謝すべきことなのではないだろうか……?
 よし、わたしは、もう、すっかり心を入れ替えた。これからは、彼女たちによる、いかなる命令にも、喜んで服従しよう。そうすれば、彼女たちは、わたしの態度を評価してくれるかもしれない。もしも、彼女たちから、ちょっとでも優しい言葉をかけてもらえたら……、わたし、とっても嬉しいなっ。
 あっ、なんだか、胸の中にあった、ドロドロした感情が、霧みたいに消え去っている気がする。よかったあ。せめて、心くらいは、清らかでありたいもの。
 ハハハッ……。
 
 そして、今現在、岩礁に着生した藻のように陰毛の茂った、自分のそのVゾーンを、完全にさらけ出した格好で立っているのだった。
 すでに、覚悟はできていたはずだ。
 だが、目の前に立つ、彼女たちの顔つきを見ると、みな、揃いも揃って、同性とは思えぬほど、背徳的な好奇心を丸出しにしているような印象を受け、そのため、だんだんと、戸惑いの念が、胸いっぱいに広がっていく。
 やっぱし……、わたしの、下の毛、尋常じゃないほど濃い、ってことだよね……?
 南涼子は、ぎこちなく笑いの表情を作ったまま、顔全体の筋肉が引きつるのを自覚した。
「ねえねえ、教えて、南さん。どう? 今の気分は……」
 吉永香織が、ねっとりとした口調で尋ねてくる。
 今の、気分……?
 涼子は、つかの間、言葉を失っていたが、ここは、なんらかの返事をしなければ、埒が明かない空気であることを悟る。
「あっ、ええっと……、率直なところ……、かなり……、気まずいっていうか、は、恥ずかしいかなあ、なんて思ったりしてっ」
 そう口に出すと、その言葉どおり、より一層、いたたまれなくなり、それこそ、穴があったら今すぐにでも逃げ込みたい気持ちになる。だが、それでも、なるべく自然なスマイルを心がけた。
「かなり、気まずい……? あたしたち、女の子同士なんだから、なにも、ことさら気まずく感じる必要は、ないんだよ? それともなに? やっぱり、南さん的には、滝沢さんと、舞ちゃんの目が、気になって気になってしょうがないってわけ? まるで、男子に、自分の大事なところを、見られてるような気分なのかな?」
 香織は、つり上がり気味の目に、ほの暗い愉悦の光を湛える。
「あっ! いやいやいや、もう、ぜーんぜんっ、ぜーんぜんっ、そ、そんなことなくってっ! 別に、誰かを、特別、意識してるとかじゃなくって! ただ、あの、なんていうかっ……」
 涼子の声は、悲鳴みたいに上ずっていた。
「あらあら……。そこまで躍起になって、否定するところを見ると、どうも、図星だったみたいだね……。もう、バレバレだよ……? まったく、南さんってば、本当に、わかりやすい女なんだから。一言で言うなら、乙女そのもの」
 香織は、女性心理学の権威のごとき風情である。
 涼子は、好きな人の名前を、ずばり言い当てられた女の子みたいに、へどもどしてしまった。そして、香織が名前を出した、『二人』のほうには、絶対に目を向けられないと感じる。
「でも、だけど……、まん毛の検査を受けるのは、南さんの、最低限の義務だから、なんとか頑張り抜いてちょうだい。まあ……、あたしからアドバイスするとしたら、滝沢さんに見られてるから、舞ちゃんに見られてるから、恥ずかしい、恥ずかしいって思ってると、何十倍も恥ずかしくなってくるし、逆に、なんでもないって思っていれば、なんでもないことで終わるのよ? いい? わかった? 理解した?」
 やたらと上から目線の香織の物言いに、内心、かちんときている自分がいた。しかし、フラットな心で、香織の言葉を解釈すれば、涼子のためを思って言ってくれていることだけは、確かであるという気がした。
「はいっ! わかりました! ありがとうございまぁーっすっ!」
 涼子は、元気いっぱいの小学生さながら、はつらつと答えた。
 香織は、すこぶる満足げに、にんまりと笑う。
「うん、いいお返事ね。そういう素直な子は、あたし、大好きよ」
 それを聞いて、涼子も、ほっとし、誠実な思いを込めた眼差しで、香織の顔を見つめ返す。
「あれれ……、南せんぱいったら、今までの反抗的な態度が嘘みたく、まさに、優等生っぽくなっちゃって。あたしたちに、気に入られたほうが、得策だと判断したのかな。でも、なんか、必死感が、ものすごい伝わってきて、痛々しいし、果たして、いつまで、いい子を続けられるか、見ものっちゃあ見ものですねえ……」
 後輩の石野さゆりが、香織に向かって、ぼそぼそと、しかし、聞こえよがしに言う。
 聞き捨てならない。
 涼子は、その後輩の姿を、横目で眺めた。
 さゆりは、いつもの薄笑いを浮かべながら、セミロングの髪を撫でつけている。その、人を舐めきったような顔つきといい、いかにも軽薄そうな仕草といい、一目見た時から、生理的に合わない、という印象を持ったことを思い出す。だが、その吐き気にも似た不快感を、腹の底に、ぐっと押し込める。
「あの、石野さん、だったよね……? ううん、わたし、ちーっとも必死なんかじゃないの! わたしなんて、要するに、吉永さんや石野さんたちの、奴隷でしょ? それなのに、同じクラスメイト同士なんだから、対等でありたいとか、年下の子には、先輩と後輩の上下関係くらい、わきまえてほしいとか、わたし、そういうことに、こだわり続けて、くだらないプライドを守りたがってた、って感じ。そのこと、本当に、反省してます。今まで、生意気にしてて、ごめんねっ? だから、うん、また、わたしが、間違ったことしたら、遠慮せず、どんどん指摘してねっ」
 涼子は、さゆりのほうに、左手を突き出し、ひらひらと振ってみせる。
 だが、さゆりは、涼子の健気さに感心するどころか、むしろ、小馬鹿にするように、ひひひっ、と笑い声をこぼした。
 これ以上、あの後輩の顔は、視界に入れていたくない……。
 その思いから、涼子は、目を背けるように視線を外した。
 そして、その視線を、バレー部のマネージャーであり、目の前に立つ生徒たちのなかで、涼子にとっては、もっとも縁の深い、竹内明日香のほうに、さり気なく向けた。
 目が合うと、明日香は、ほんの少しだけ首を傾け、こちらに、やんわりと微笑みかけてきた。
 そんな明日香の仕草が、妙に色っぽく見えたがために、涼子は、不覚にも、たじろいでしまい、自分のべたついた髪の毛の右サイド部分を、軽く耳にかけた。あの子は、存在自体が反則だ、という感慨を抱く。今さらだが、彼女の美貌たるや、なんら変哲のない、この高校に通っている生徒であることが、ある種の奇跡にすら思えるほどである。それほどの美少女から、意味ありげに見つめられると、同性としても、気後れして落ち着かない心地にさせられる。それをごまかすように、涼子も、明日香に向かって、てへへっ、と無理して笑い返してみせた。
 その後も、しばし、涼子と明日香は、じっと目と目を見合わせていた。そうしていると、不思議なことに、支配者と奴隷という主従関係を超えて、明日香とは、だんだんと、心が通じ合っている感じすらしてきた。まるで、バレー部の部員同士、毎日、苦楽を共にしてきた仲であることを、互いに確かめ合うかのように。
 しかし、ふと、違和感を覚える。
 トップモデルにも勝るとも劣らぬ美少女である、明日香のその顔に浮かんだ、魅惑的な微笑。一見、涼子に対する親愛の情の表れと捉えられるが、見れば見るほど、彼女の口もとは、なにか、そこはかとない悪意に歪んでいるような、そんな印象をも受けるのだった。
 ひょっとしたら、明日香は、今、心の中で、涼子のことを、ひたすら嘲り笑っているのではないか……?
 そう考えたとたん、涼子は、ぞわりと寒気に襲われた。
 セーラー服姿の生徒たちの前で、ただひとり、全裸姿をさらし、恥部を隠すことすら許されない立場である、奴隷、南涼子。支配者側である彼女たちが、今この瞬間、涼子のコンプレックスである、陰毛の生え具合に、強い好奇心を寄せているであろうことは、ほぼ間違いない。屈辱……。これは、まごうことなき性暴力である。だというのに、涼子は、女として、また、人間として持つべき最低限のプライドまで捨て、香織たちのご機嫌を取るために、滑稽なくらい従順に振る舞い始めたのだ。きっと、明日香の目には、そんな涼子の見せる、一挙一動が、笑いの種として映っているに決まっている……。
 もはや、涼子にとって、今、目を合わせている相手は、茶目っ気あふれる美少女などではなく、魔性の女と化していた。
 うーん?
 明日香のあの、人を挑発するような声が、今にも聞こえてきそうな気がする。
 そう……。
 忘れられるはずがない。
 竹内明日香は、肩を並べる者はいない美貌を武器に、マネージャーとしてバレー部のなかに溶け込み、そして……、キャプテンである涼子のことを、罠にハメた。
 もしも……、彼女のことを、信じさえしなければ、わたしは、今こうして、陰惨な性暴力の被害者という、息もできないような立場に立たされることはなかったのだ。
 わたしを、地獄に引きずり込んだ、どれだけ憎んでも憎み足りない女……。
 いや、そればかりではない。
 先ほど、あの女は、このわたしに何をしてきたのか……。
 涼子の裸出したVゾーンに、べたりと押し当てられた、蝋のように白い両手。もっさりと茂った陰毛を引っ張ったり、Iゾーンにまで指を這わせたりしながら、恥部を執拗にまさぐり続けるという、明らかに一線を越えた行為。あまつさえ、洗ってもいない、涼子のおしりの、その割れ目に、鼻を寄せ、便の残滓の臭気をも吸い込んできたこと。それらを思い起こしたとたん、耐え難い屈辱感に、体の芯が、かっと熱くなった。
 この、性的異常者……! この、変態サディスト……!
 涼子は、明日香に向ける自分の眼差しが、瞳に火が灯ったかのごとく険しくなっていくのを感じ始めた。
 しかし、すぐさま、ぶんぶんと頭を横に振り、自分自身に強く言い聞かせる。
 わたしは、プライドのかけらを持つことすらおこがましい、奴隷なのよ……!
 奴隷。奴隷。奴隷……。
 ほどなくして、燃え上がった憎悪の炎が、徐々に鎮静化していった。
 よく胸に刻み込んでおこうと思う。
 もし、感情が荒ぶり、精神の均衡が崩れそうになった時は、こうして、心の中で魔法の呪文を唱えればいいのだ。
 それから、改めて、明日香の顔に目をやった。
 純真な心を取り戻し、目と目を見合わせていると、やはり、明日香は、フランス人形に生命が宿ったのではないかと、そう真剣に思いたくなるほどの美少女だった。
 同性として、正常な範囲の軽い嫉妬心が、自然と芽生える。
 涼子は、あえて目を潤ませるよう意識し、拗ねるように、きゅっと唇を突き出した。
 チェッ……。明日香っちは、ホント、可愛くていいよなあ……。わたし、生まれ変わったら、明日香っちみたいな女の子になりたいよ……。その体からは、とってもいい匂いが伝わってきそうだし、こんなケダモノみたいな体のわたしとは、本当に大違い。そもそも、奴隷のわたしなんかと、比べる時点で、申し訳ない話だよね……。
 そうして無言で語りかけている最中、誰がどう見ても見苦しいと感じるであろう、毛深い陰毛までさらけ出した状態で、同じ学校の生徒に対して、媚びた表情を作っている自分自身は、彼女たちの目に、どれほど浅ましく映っていることだろうか、という思いが、脳裏に浮かんだ。が、次の瞬間には、その思考を打ち消した。
 でも、でも……、明日香っち……。わたしは、明日香っちたちの奴隷だけども、これでも、いちおう、生物学上は、女の子なんだよ? だから、わたしのこと、汚いとか、くさいとか、あんまり言わないでね? わたし、明日香っちみたいな可愛い女の子に、そんな言葉を浴びせられると、何倍も惨めな気持ちになっちゃうよ……。



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