バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十五章
もどかしい距離感
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 だというのに……、まさか、その滝沢秋菜に、自分の、洗ってもいない恥部の臭いを嗅がれ、あまつさえ、汗まみれの生尻をつかまれる時が来るなどとは、それこそ、夢想だにしていなかった。
「あんた、いい加減、じっとしなさいよ。っていうか……、この、脚の震えは、なんなの? 震える原因は、なに……? ひょっとして、屈辱? これは、屈辱の震えなの? だとしたら、生意気ねえ……。いい? あんたは、わたしたちの、奴隷なのよ? 奴隷の分際で、一丁前に、プライドだけは高い女なんて、もう、セクハラオヤジ並に、目障りな生き物だわ。それとも、なに? わたしのせいで、プライドを捨てきれない、奴隷になりきれない、とでも言うわけ? わたしから、性的な恥をかかされることだけは、耐えられなくて発狂しそうになる? たとえば、こうして……」
 秋菜は、そう言い終えると、ずずずずずっ、と盛大に鼻をすする音を立て、涼子の恥部の臭気を、思いっ切り露骨に吸い込んできた。
「やめてえええええええええええええぇぇぇっ!」
 涼子は、ふたたび、感情がほとばしるままに絶叫し、体を激しく左右に揺らした。
「やめて? なに言ってんのよ、あんた。違うでしょ……? 滝沢秋菜様、わたしの、不潔極まりないま○この臭いで、不快な思いをさせてしまって、申し訳ありませんが、どうか、まん毛の検査を、よろしくお願いしますって、わたしに、頭を下げるのが、礼儀ってものよ? それが、わからないって言うのなら、体で覚えてもらうしかないわね。わたしが、奴隷としての心得ってものを、あんたの、この体に、みっちりと叩き込んでやるわよ!」
 秋菜は、決意を込めるかのごとく、涼子のおしりの肉に、十本の指を、めりめりと食い込ませてきた。
 涼子は、その指の圧力に反発するように、自分のおしりに、意思とは関係なく力が入っていくのを感じる。
 向こうにいる香織が、おもむろに口を開いた。
「どうしたのかなあ、南さん……。あなた、正々堂々と、まん毛の検査を受けますって、元気よく宣誓したばっかりじゃないの。それなのに、どうして……? どうして、急に人が変わったように、反抗的な態度を、取り始めちゃったのお……?」
 空々しいことこの上ない口振りだ。
「あっ。もしかして……、検査官が、滝沢さんだから? 部活の練習で、たくさん汗を掻いた後、シャワーを浴びてもいない状態で、自分のま〇この臭いを、大好きな片思いの人に嗅がれるのは、年頃の女の子にとって、たしかに、超絶、ショッキングな出来事だよねえ。そのせいで、神経回路がショートしたみたいに、奴隷であることも忘れて、ひとりの乙女として、乱れ狂っちゃってるって感じぃ? あたし、南さんの、まん毛の検査を、滝沢さんに依頼するなんて、とっても罪なことしたかなあ?」
 香織のつり上がり気味の目は、ガラスが太陽光を反射するかのごとく、ぎらぎらと光っている。なんだかんだと言いながら、香織は、結局のところ、涼子が、苦痛の叫びを上げる姿をこそ見たいのだ。
「あら、びっくりだわ……。おしりの肉が、岩みたいに、かちこちに硬くなってる。なになに? 強豪校って言われる、バレー部のキャプテンともなると、こんなところの筋肉まで、鍛え上げる必要があるってこと? それなら、実に壮絶な話ねえ。すんばらすぃ……。あ、もしかして、わたしが、筋肉フェチだって言ったから、今、めいっぱいの力で、おしりを引き締めて、自慢の筋肉を誇示してるのかな? それで、わたしの気を、ちょっとでも引こうとしてるわけ? あんたって、筋金入りのレズビアンだもんねえ。っていうことは……、こんなふうにされたら、あんたは、悦んじゃうのかな?」
 秋菜は、爪を立てるように十本の指を動かし、あぶら汗にまみれた、涼子のおしりの肉を、ぐにぐにと揉んできた。十七歳で、まだ、性体験のない涼子としても、その手つきは、淫らな欲求を満たす目的で、女性の肉体の感触を堪能しようとする者の、それを連想せずにはいられなかった。
 今この瞬間、自分の体の性的な部分、それも、裸出した臀部を、手でもてあそんでいるのは、あの、滝沢秋菜である……。その事実が心に染み入ってくると、涼子は、かつて経験したことのない恥辱に神経を蝕まれ、体の限界まで伸び上がった格好で、のたうつように身悶えした。
「あっらーん。たいへーん。脚の震えが、ひときわ激しくなったわーん! まるで、素っ裸で、北極の氷の上に立たされて、寒さに震えています、みたいな、普通じゃない震え方ねえ! そのうち、あんたの体、壊れるんじゃないの……!? この女! 奴隷の分際で、屈辱に打ち震えてるわ! おっかしい!」
 秋菜は、キャハハハハハハハハハッ、と狂ったようにけたたましい嬌声を響かせた。その様子は、まさに、中世の世界各地に存在したとされる、精神的あるいは肉体的苦痛を、下賎の者に与えることで、サディスティックな快楽に耽溺した、貴族の婦人が、現世の、高校という場によみがえったかのようだった。
 涼子は、自分の運命を、と共に神を呪う思いで、天井をにらみすえた。
 気づけば、先ほどまで、精神の均衡を保つ役割をしていた、自己否定という名の薄皮は、滝沢秋菜の所業により、上から下まで引き剥がされていた。
 わたしは……、断じて、奴隷なんかじゃない……!
 毎日、高校に通い、学んで、笑って、時には、ちょっとしたことで怒ったりもする、世間の同年代の女の子たちと同じ、ひとりの女子高生よ……! いや、それだけじゃない。強豪校としての伝統を誇る、バレー部のキャプテンを努めている、という自負心だって持っている! そのわたしが、なんで、なんで、なんで、こんな群れていないと何もできないような、貧弱な女たちから、性暴力を受けないといけないのよ……!

「さて……、まん毛の量が減ってないか、あとは、怪しい剃り跡がないか、これから、司法解剖並の、徹底的な検査を始めるわよ」
 秋菜は、そのように宣告すると、左手で涼子のおしりを押さえたまま、右手を、そこから離した。地面に置いた写真を、その手で拾い上げる。写真の中の光景を、目に焼きつけるようにした後、今度は、今現在、自身の眼前に迫っている、涼子の陰毛の茂みを、じいっと凝視する。そうして、何度も何度も、双方を交互に見比べる。なにやら、涼子のVゾーンの陰毛部、その面積や密度は、むろんのこと、生え際の角度や、一本一本の縮れ具合に至るまで、子細に照合しているような、そんな印象を禁じ得ない。
 やがて、秋菜の右手から、はらりと写真が落ちた。
 その右手が、すーっとこちらに迫ってきて、涼子のへその下、というより、陰毛の生え際に、ぴたりとあてがわれた。何かの間違いだと思いたいことだが、秋菜の、人差し指から小指にかけての、四本の指が、すでに、涼子の陰毛に触れているのだ。
 秋菜は、一拍置いて、右手を動かし始めた。
 逆三角状に広く茂った、涼子の陰毛の領域、その上の辺に当てた、四本の指で、デリケートゾーンの柔肌を、引き下げては戻し、引き下げては戻しと執拗に繰り返す。剃り跡の有無を調べるという話だったが、しかし、その手つきからは、明らかに別の、それも、邪念に満ちた意図が感じられてならない。
 そして、いよいよ、滝沢秋菜が、一線を越えてくることを確信した。
 秋菜の右手の指先は、涼子の陰毛を撫でつけながら、ずりずりと下に移動し始めたのである。二、三秒後、その下降が止まった。そこは、涼子のVゾーンの陰毛部における、ちょうど中心に当たる位置だった。涼子自身、自分の体のことだから、今、秋菜に、どこを触れられているのか、よくわかっている。肉が、丘のように盛り上がっている部分だ。秋菜のほうも、そこを覆い隠す陰毛越しに、こんもりとした、その触感を指先に感じ取ったのだろう、四本の指を、ずずっと押し込んでくる。
 涼子は、そんな秋菜と、決して目を合わさないつもりだった。だが、下から伝わってくる気配からして、秋菜が、今、悪霊の取り憑いた猫のような目つきで、涼子の反応を眺めているであろうことは、容易に想像が付いた。
 秋菜は、それだけに飽き足らなくなったらしく、およそ同じ女子高生とは思えぬ、なにか、人体実験を行ってみたいという願望を抱く、サイコパスのごとき加虐性を露わにした。あるまじきことに、涼子の恥丘部の肉を抓むと、毛穴の密度までも確かめるかのように、むにむにとこすり始めたのである。
 涼子は、その瞬間、奥歯が削れるほど強く歯ぎしりした。
 苦手意識を抱いている相手だからこそ、また、本来ならば、同じ『仲間』同士、対等な関係であるはずだった、という思いがあるからこそ、滝沢秋菜に対する、どす黒い感情の炎は、暴風に吹かれているかのごとく、特段、烈々と燃え上がっている。今となっては、涼子にとって、滝沢秋菜は、香織よりも、明日香よりも、さゆりよりも、ある意味、憎悪を掻き立てられる存在であった。
 この女にだけは、絶対に、絶対に、復讐してやる……! たとえ、どんなに卑劣な手段を用いてでも、高校在学中に、この女を、わたしの足もとにひれ伏させる! その後、どうするかは、もちろん決まっている。顔面に拳を叩き込んだくらいでは、到底、わたしの気は収まらない。だから、そう。身に着けているものを、すべて、引き裂くようにはぎ取り、全裸にさせるのだ。その上で、わたしが味わったのと同じ屈辱を、この女の身に与えてやる……!
 その激情の源泉は、まさしく、女としてのプライドそのものだった。



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