バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十五章
もどかしい距離感
5



「うん。まん毛の量は減ってないし、怪しい剃り跡も見当たらない。っていうか……、上のほうの生え際なんて、むしろ、この写真より、位置が高くなってるようにも見えるわねえ! うっわぁ、これは、たまげたもんよぉ……。なに? あんたの体、こと体毛に関しては、まだまだ発育盛りってこと!? あんた、成人になる頃には、もう、へそのところにまで、まん毛が届いてるんじゃない? さすが、肉体強化に明け暮れて、女ながら、男性ホルモンの充満した体だわぁ」
 秋菜は、吃驚した口調で言い立てる。
 涼子は、自分のコンプレックスについて、これでもかというほど侮辱されながらも、秋菜の言葉を、右から左へと聞き流していた。
 とにかく、気が済んだのなら、わたしのおしりから、もう片方の手も離して、とっとと、あっちへ行ってよ……!
 涼子の胸中にあるのは、その一念だった。
「まあ、まん毛の処理は、していなかった、吉永さんの命令は、遵守していた、っていうお墨付きは与えてあげるわ。それはいいとして……、あんた、今の検査、混じり気のない気持ちで受けてたんでしょうね? 筋金入りのレズビアンであり、わたしに対して、並外れた性的欲望を抱いてる、あんたのことだから、わたしとしては、どうしても疑念が拭えないのよ。あんたが、わたしに触られる検査なのをいいことに、不純なことを考えてたんじゃないか、ってね……。だから、今から、その点が、白か黒か確かめさせてもらうわ」
 もはや、秋菜の発言は、支離滅裂を通り越して、なにか、見知らぬ宇宙惑星について喋っているのではないかと思うほど、人智の及ばぬ内容だった。
 まず、涼子が、レズビアンであり、秋菜のことを、性的対象として見ているという、その前提自体が、完全に狂っている。なので、その疑念とやらを晴らそうにも、どのような形で潔白を証明すればいいのか、まったくもって想像できない。そもそも、『検査』をいいことに、涼子の身を利用して、自身の下卑た好奇心を満たしていた、つまりは、不純な考えに基づいた行為に勤しんでいたのは、ほかでもない、滝沢秋菜のほうだろうと、涼子としては、思いっ切り突っ込みを入れたいところだった。
 しかし、秋菜の口から、次の一言を聞いて、涼子の、そんな思考は、たちまち吹き飛ばされた。
「両脚を、肩幅まで開きなさい」
 感情のかけらも感じられない、無機質な声である。
 涼子は、眉をひそめて唖然としたものの、それも、つかの間のことだった。
 まさか、まさか……、と直感が働き始める。
 涼子自身、自分が、同年代の少女たちのなかで、鈍感な部類に入るとは思っていない。また、性体験がないとはいえ、十七歳という年齢相応に、性に関する知見は、しっかりと人並みに蓄えている。それゆえ、この段階に至って、秋菜の話の筋道らしきものを、本能的部分が感じ取ったのだ。
 やがて、秋菜の真意を、脳細胞の言語中枢で、余すところなく理解すると、その直後、涼子は、思わず二の腕をさすりたくなるほどの、耐え難い悪寒に襲われた。そして、おもむろに、この身に染み込んだ冷気のようなものが、絶望感にほかならないことを悟る。しかし、体感的な寒さとは真逆に、なぜか、全身の毛穴という毛穴から、それまで以上に粘っこい汗が、一挙に噴き出してくるのを感じるのだった。
「聞こえなかったの? 股を、肩幅まで開きなさいって言ってんのよ」
 秋菜が、もう一度、同じ内容の言葉を発する。その声には、強い苛立ちが滲んでいた。
 今の今になって、涼子は、すでに、この場の全員に見られて久しい、両の乳首を隠すように、自分の両肩を抱いた。女子高生にしては、わりと大きめの乳房に腕が当たり、肌同士が、にゅるにゅると滑る。
 もしも、肌の一部に火を点けられたら、またたく間に、全身が炎に包まれるに違いない、あぶら汗で濡れそぼった体。蛇口の水漏れみたいに、延々と垂れ続ける腋汗。腐った肉より強烈な刺激臭を放っていそうな、気が滅入るばかりの体臭。挙げ句には、秋菜の左手で押さえられている、おしりの、その割れ目の中にも、あぶら汗が、だいぶ溜まっており、深部の器官である肛門周りに、粗相をしたような、不快極まりない感触がある。
 そうした事柄を意識すると、今ほど、自分の肉体が、不潔なものに感じられたことはない。
 毛むくじゃらのケダモノみたいな生き物の、わたし、南涼子……。
 そのイメージが浮かんだのは、つい先ほど、精神の均衡を保つために、徹底的に自己否定した時と同様だった。
 しかしながら、あの時と決定的に異なるのは、今、涼子は、女としてのプライドを取り戻している、という点である。
 たしかに、今のわたしは、恥まみれの体の持ち主だ。けれども、多感な時期を過ごしている、ひとりの女の子である、という事実は、誰にも変えられやしない。
 今ここで、両脚を開いたなら、足もとにいる秋菜が、自分のこの体に、どのような行為を加えてくるのかは、もう、考えるのも馬鹿らしいくらい明白だ。
 思春期の少女である、わたしが、どうして、そんな恥辱を受け入れられようか。
 涼子の両脚は、裸足の足の裏から、コンクリートの地面に根を張ったかのごとく、ぴくりとも動かなかった。
 
 だが、秋菜は、涼子のことを、同じ身分である女子高生などとは、これっぽっちも思っていないかのように、恐るべき冷血ぶりを示した。
「奴隷は奴隷らしく、命令を下されたら、即座に従いなさいよ!」
 左脚の太ももの内側に、秋菜が、右手を押し当ててきた。その手になぎ払われるようにして、強引に左脚を横に移動させられる。続いて、右脚も、力ずくで開かされるに至った。
 涼子は、無様にも、自分の肩幅よりも広く、両脚を開脚した格好で硬直した。間を置かず、股の間に、つまり、Iゾーンの部分に、秋菜の右手の指先が、べたりと密着したのを感じ、その飛び上がるような精神的衝撃に、ひゃあぁっあっ、と間の抜けた悲鳴を漏らしてしまう。
「あっらぁ……。びっちゃびちゃねえ、あんたの、ま〇こ……。だけど、あんたの場合、超絶な汗っかき体質だから、これは、汗と捉えていいのかしら? それなら、まだ許せるんだけど、まさか、淫らな快感に浸ってたことからくる、体液が混じってはいないでしょうねえ?」
 秋菜は、人差し指から小指にかけての、四本の指で、小さな円を描くように、ねっとりと手を動かし、涼子の大陰唇を撫で始める。その行為は、たいてい、男性から女性に、セクシャリティによっては、女性から女性に、という形態になるのだろうが、とにかく、基本的には、肉体関係を結ぶ合意に至った者同士の、いわゆる前戯と呼ばれるものに当たることくらい、生娘である涼子の頭でも、明確に認識できる事柄だった。だが、涼子は、純粋なる異性愛者にもかかわらず、同性から、しかも、普段の高校生活においては、ちょっとしたスキンシップを交わし合うことすら、まずあり得ないという、極めて微妙な関係にあった、その相手から、女性器への愛撫を、一方的に受けているのだ。
 その時、秋菜が、うっふーん、という声を出した。涼子の耳にも、その声音は、まさに、男性の欲情をいたずらに刺激しようとする、妖艶な女性を思わせるものとして届いた。滝沢秋菜という女は、怖ろしいことに、自身が、性暴力の加害行為に手を染めている状況でありながら、その被害者である涼子に対して、性的挑発まがいの言動を示したのである。
 涼子は、発狂するほどのおぞましさに、視界が暗転する感覚を味わった。
 心理的に、目の前が真っ暗になったのとは違う。眼球が、ひっくり返るほど上を向いているのだとわかる。
「うーん、やっぱり、どうも、判別が難しいわねえ……。ちょっと、中まで触るわよお?」
 秋菜は、涼子の陰裂部に、中指を食い込ませてくる。
 その指に、ぬるりと粘膜を撫でられ、涼子の魂は、これまでにない勢いで慟哭した。
「タアアアアアハッハッハッハッハアアアアアアァァァ!」
 さながら、品性下劣な老婆が、他人の不幸を見て、大爆笑しているかのごとき大音声がとどろき渡る。
 もしかりに……、その声を耳にした、正義感にあふれる人間が、なんらかの事件性を疑って、この現場に足を踏み入れたとしたら、果たして、何を思うだろうか……。
 愕然とすることに、ひとりだけ、全裸姿の少女がいるのを目撃する。そこで、ひょっとすると、と考える。たった今、聞こえてきたのは、その少女が発した絶叫だったのかもしれない……。だとしたら、彼女は、血生臭いまでの凄惨な被害に遭った可能性が高い……。しかしながら、なんとも不可解なのは、レイプ魔らしき男や、凶器を持った不審者の姿は、どこにも見当たらないという点である。居合わせているのは、セーラー服姿の女子高生たちだけなのだ。
 そう……。
 陰鬱な地下の空間に、よこしまな少女たちは、まさしく、この世の地獄を現出させているのである。



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