バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十六章
壊れかけの偶像
1



「りょーちん、いい加減、うるさいっ! そうやってぇ、いつまでも、わあわあ、わめき続けて、現実逃避してると、退学にぃ、追い込まれちゃうぞっ!」
 この間まで、心を開ける相手だと信じていた、バレー部のマネージャー、竹内明日香が、ぴしゃりと言った。
 退学……。
 滝沢秋菜の策謀により、金輪際、この学校の門を、くぐれなくなるという事態だ。
 南涼子は、もし、そうなった場合の、その先の人生を想像するだけで、内臓を押し潰されるような感覚にとらわれるのだった。だから、早急に、泣き声を上げ続ける自分の、心と体を静めるべきだと意識する。それに、明日香も、涼子のおしりを、やわやわと揉むという、その性的行為は、とっくに止めている。にもかかわらず、錯乱状態におちいったままでいるのだから、現実逃避と指摘されても、致し方ない状況かもしれない。
「……あわああああああああっ、あぁっ、あっ、あわぁっ、あ、あ」
 まもなく、声帯の、不随意的な振動は治まった。
 泣く子も黙るとは、まさに、このことだ。自分が、いかに致命的な弱みを握られているのか、身をもって思い知らされた瞬間だった。
「ねえ、だいじょうぶ? 南さん……。検査を始める前から、そんなパニックを起こされても、こっちとしては、困るんだけど……。まあ、どうやら落ち着いたみたいだし、もうこれ以上、見苦しいところは見せないで。それと、きちんと、自発的に、検査に協力する姿勢を示して。オッケー……? オッケーなら、すぐに、ケツ毛の検査を受ける体勢を取りなさい」
 吉永香織が、抑揚のない口調で命じてくる。
 無念だが、涼子自身、それを受け入れるしか、自分に残された選択肢はないことくらい、もはや、重々、承知している。
 けど……。
 体勢?
 てっきり、自分のおしりの割れ目を、香織が、その手で開いてくるものと思い込んでいたのだ。
 しかし、何も行動を起こさずにいると、香織を、いたずらに怒らせるだけだという判断から、涼子は、ぶるぶる震える両手を、体の後ろに持っていき、右手と左手の指先を、おしりに軽く当てる。そうして、屈辱という感情そのものを、心の内から抹消する思いで、おしりの肉を、わずかばかり左右に引っ張ってみせた。
「なにそれ……? ケツ毛の検査よ、ケツ毛の検査。要するに、世間一般で言われる、肛門検査と同じなの。当然のことでしょう? で……、もう、高三なんだから、どういう体勢を取ればいいかくらい、ちょっと考えれば、わかるよねえ?」
 香織は、あきれ気味の口振りで言う。
 頭の中で、疑問の念が、ぐるぐると回り続ける。その体勢というのが、具体的に、どのような体の構えなのか、まるでイメージが湧かないのだ。
 だが、おしりの深部を、香織たちに、より、見えやすくする必要があるのだろうことは、おおよそ察しが付いた。
 それゆえ、涼子は、三十度ほど前屈みになり、その分だけ、両手の指を当てたままの、おしりを、後ろに突き出した。
 なんという、惨めな格好なんだろう……。
「あのさあ、南さん……。とぼけてないで、頼むから、真面目にやって……。それとも、もしかして、あんた、本当にわからないわけ? だとしたら、世間知らずもいいとこだよ。あんたねえ、いっくら、学校では、勉強もスポーツもできて、バレー部のキャプテンを努めるくらい、リーダーシップがあって、おまけに、誰からも好かれる、生徒会長以上の優等生、とか持てはやされててもね、そんなんじゃあ、社会に出たら、生きていけないのよっ。もっと、真の意味での社会勉強をしなさい、真の意味での社会勉強を……。まったく、だ・か・らぁ……、ここ、をね!」
 香織が、声を荒らげるのを、怯えながら聞いていると、いきなり、おしりの肉を、両手でぞんざいにつかまれた。そのまま、おしりの割れ目を、ぐいっと左右に押し広げられ、たちまち、秘められていた深部までもが、空気に触れたのを感じ、ついつい、悲鳴を上げそうになった。
 今この瞬間、自分は、体のもっとも汚い部分を、背後の三人の視線にさらしている、という事実が、極めて短い時間で、脳内に染み込んでくる。しかし、そんな恥ずかしさを覚える間もなく、次の刹那には、涼子の胸の内において、あらゆる感情が、灰燼に帰した。
 涼子は、なぜなら、その部分に、人間の指先が押し当てられる、未知の感触を、皮膚感覚を通して、はっきりと知覚させられたのである。そう……。自分の体とはいえ、普段、入浴時を除いては、自分の指でも、決して触れることのない、不浄の穴に。
「ここ、ここ、ここ……。ここを、あたしたちに、最大限、さらけ出すような体勢を、さっさと取りなさいって言ってんの!」
 おそらく、人差し指を使っていると思われたが、まるで、今にも、その指先を、穴の中、つまり、直腸にまで突っ込もうとするかのような強さで、ぐっ、ぐっ、ぐっと、そこを何度も指圧される。他人の指が密着している状態だからこそ、その窄まりの部分が、溜まった汗のせいもあり、いかに、べたついているか、否が応でも自覚させられる。そのためか、自分の便の残滓が、香織の指先に付着していく様を、ありありと想像してしまう心地だった。
「香織先輩……、思いっ切り、触っちゃってるし……」
 後輩の石野さゆりが、自分は、真似したくないとばかりに口にする。
 その時……、涼子は、少々、奇妙なことに、なんらかの神経毒でも注入されたかのごとく、全身硬直を起こしており、身をよじって逃れることはおろか、おしりから両手を離したり、くの字の体勢から直立したり、といった動作すら取れないでいた。
 とはいえ、香織も、すでに、両手を引っ込めており、時間としては、あっという間の出来事だった。また、その香織は、一転、大人しくなった。まるで、自身のしでかした行為など、なかったことにするかのように。
 しかし、涼子にとっては、いつまでもいつまでも尾を引きそうな予感のする、名状すべからざる衝撃体験だった。実際、依然として、ずっと同じ体勢を取ったまま、体の硬直が解けない。だが、知らず知らずのうちに、顔にだけは、気の動転ぶりが表れていたらしく、目を点にし、馬鹿みたいに大きく口を開けた、今の自分の表情は、前方にいる、滝沢秋菜と足立舞の目に、喜劇的なまでの間抜け面として映っているに違いない。
 
 そして……、今は、脳全体のうちの、複数の部分が、一時的に萎縮でもしているのか、しばしの間、自分は、これまでより、一段、低いレベルの精神活動しかできないのを、なぜか、本能的に認識しているような、不思議な感覚がある。事実、感情の働きが、めっきりと鈍くなっていることを、早くも悟った。あと、どうも、記憶に自信が持てない。なんというか、新しければ新しい記憶ほど、あちこち、穴が空いているような気がするのだ。
 それゆえ、見えない首輪に、身を拘束されている立場であることも、頭から抜け落ちており、涼子は、おもむろに背筋を伸ばすと、ほとんど無自覚のうちに、ひたひたと足の向きを変え、背後の三人を見下ろす形となった。が、もちろん、視線の先に捉えているのは、右端にいる、吉永香織である。その膠着状態が、五秒くらい続いた。
 すると、香織は、不快感を抱いたらしく、勢いよく立ち上がった。
「なに……? あんたが、十七、八にもなって、世の中のことに、あまりにも無知だから、あたしが、わざわざ丁寧に教えてやったのよ。なのに、なんか文句でも、あるわけ……? 言いたいことが、何もなければ、ケツ毛の検査するんだから、大人しく、あっちを向いてなさい」
 ずいぶんな喧嘩腰だが、体格のせいもあるのか、迫力は、まったくといっていいほど伝わってこない。
 涼子は、その命令を無視し、香織の顔を、ただ見返していた。
 香織は、そんな涼子の態度が、なおさら、かんに障ったのか、これ見よがしに、右手を、自身の顔の前に、ゆっくりと持っていき、人差し指を立てた。
「ミ・ナ・ミィ……。そういえば……、あんたって、トイレで、おしりを、きちんと拭かないタイプの女だったよね? なんたって、滝沢さんのシャツで、ケツの穴まで刺激して、オナニーした際、黄土色っぽい汚れを、べっとりと付けちゃったのが、その何よりの証拠よ。それで……、今日は、どうなんだろ? やっぱり、そういう、衛生面に、ずぼらな性格っていうのは、なかなか直らないものなの? あたし、その点が気になるから、この指の臭い、よーく確かめちゃおうかなあ……。やだ? 恥ずかしい? 屈辱? そんなふうに思うんなら、あたしの、この指、今から、あんたの口の中に、突っ込んでやってもいいよ。要するに、あんたは、自分自身の……、いわゆる、うんカスを、綺麗に舐め取るってこと。どう? そうしたぁーい?」
 年頃の女の子の、というより、人間の尊厳の根幹を、これ以上ないほど揺るがす発言だった。
 今、香織の顔には、邪気に満ちた笑いが浮かんでいる。だが、反面、その口もとは、変なふうに引きつっているように見えなくもないので、なにか、香織の後ろ暗い感情が、そこはかとなく滲み出ている表情にも思われた。
 そこで、涼子は、今さらながらであるが、吉永香織というクラスメイトの風貌を、何とはなしに観察した。つり上がり気味の目をしており、髪の毛を、短い二つ結びにした、とくに個性的でもない髪型で、また、最大の特徴は、高校生の女子の平均身長よりも、だいぶ小さいという点だろう。どこでも見かけるような、極々、平凡な容姿。いや、どちらかというと、冴えない部類に入るかもしれない。そのことも、一つの要因なのかは、知るよしもないが、クラスでは、多くの生徒と、コミュニケーションを取ろうとするのではなく、常に、特定の友人たちとだけ、お喋りをして過ごしている印象だ。それに、部活には入っていないみたいだし、彼女が、何かに打ち込んでいるという話を聞いたこともない。
 つまり、端的に言うなら、前々から、涼子にとって、吉永香織は、これといった魅力を感じない生徒だった。
 だから、バレー部の合宿費を盗まれさえしなければ、香織などとは、ろくに言葉を交わすことのないまま、高校卒業を迎えたはずだと、並行世界の未来を見ているかのごとく確信する。
 そうなっていれば、どれだけ幸せだったことか……。
 しかし、現実には、吉永香織たちに、脅迫のネタを握られ、涼子の高校生活は、それまでが、夢まぼろしだったかのように暗転した。それからというもの、涼子を辱める目的のためだけに結成されたと思しき、三人グループの主犯格である、吉永香織とは、いったい、何者なのかと注視するようになると、その本性は、早々に見えてきたのである。常日頃から、一人ぼっちの状態になるのを、何より怖れている心理がうかがえたし、体育の授業では、ほとんど競技に参加せず、友人と見物を決め込んでいるのは、きっと、運動音痴なのを、クラスメイトたちに知られたくないからだろうと、見当が付いた。さらには、涼子を、人目のないところに連れ込んだ際も、主犯格のわりに、竹内明日香と石野さゆりに、自分自身が、どう見られているのか、という点を常に念頭に置きながら、行動を起こしているフシがある。要するに、他人からの評価に、異常に敏感な性格の、紛れもない臆病者なのだ。
 おそらく……、と推測する。
 今日この場において、竹内明日香、それに続き、滝沢秋菜までもが、涼子に対し、性的異常者じみた行為に及んだのを、香織は、しかと目の当たりにした。それゆえ、こう思ったに違いない。自分だって、そういう次元のことを、真似していいはず……、と。
 そして……。
 涼子は、たった今、香織に、指を押し当てられた部分に、意識を向けた。
 この臆病者の女は……、なにも、血迷ったのではなく、深謀遠慮を重ねた上で、一線を越えてきた……。
 そう結論を下すと、心の奥底から、峻烈なる想念が、マグマのように噴き上がってきて、もう、口に出さずにはいられなくなった。
「あんたさあ……、わたしのことを、レズだレズだって言うけど……、あんたのほうが、よっぽど、レズの疑惑、濃厚だよねえ? レズで、変態みたいなこと考えてるのは、ほかでもない、あんたのほうでしょ!?」
 興奮しきった自分の声が、自分でも驚くほど大きく響き渡った。
 その直後、この場に居合わせている全員が、息をすることも許されなくなったような、重たすぎる沈黙が、周囲一帯に充満していくのを、五感で感じた。
 当の香織はというと、涼子から、予想だにしなかった反撃を受け、どう対処していいか、頭が回らないという風情である。かと思っていると、やにわに、香織の両頬が、ぼわっと赤くなるのを目にした。その赤みは、みるみるうちに、濃く、広くなっていき、ついには、のぼせ上がったみたいに火照った顔になる。続いて、香織は、苦しげに胸を押さえたり、手のやり場がなさそうに、スカートのすそを握ったり、あるいは、両手で自身の肩を抱きながら、おたおたしたりと、せわしなく動き始めた。それに加え、よくよく見ると、香織の肩が、かすかながら震えているのに気づく。怒りを爆発させる寸前なのではなく、恐怖、それも、並大抵ではない恐怖にとらわれているためだと、即座に直感した。まるで、世の中のあらゆる物事に対し、病的に怯える者のように。
 涼子は、その香織の様子を、不審の念と、それに嫌悪感情とが、ない交ぜになった心境で眺めていた。
 
 しかし、やがて、香織は、怨霊のように、恨みの念を湛えた目つきになり、涼子の顔をにらみ上げてきた。
「ふざけんなよ、オメェェェッ……!」
 怒髪天を衝いている老婆を連想させる、恐ろしくしゃがれた声だった。
 ほどなくして、香織の右の拳が、突き上がってくる形で、涼子の顔面に飛んできた。が、香織が、手を出してくるのは、想定内だったため、涼子は、動体視力を活かし、その拳を、左の前腕部で受け止め、外側になぎ払う。今の攻撃が、平手ではなく、拳だったことから、涼子のボルテージも、振り切れる寸前になった。
 一方、香織は、しゃにむに、同じ動作を繰り返した。
 だが、涼子は、すでに見切っており、自分の顔面に放たれた、その拳を、もう一度、左の前腕部で、やすやすと弾き返す。
 すると、香織は、今にも噛みついてきそうな、憤怒の形相を浮かべた。どうやら、握り締めた拳で、涼子の顔を殴りつけられないことに、発狂せんばかりの苛立ちを覚えているらしい。
 涼子は、そんな香織を前に、ひとり全裸姿という状況でありながらも、つん、とあごを反らし、堂々たる態度を取っていた。しかし、まもなく、へその辺りに、どすんと打撃を受けた。香織が、ボディブローに切り替えたのである。一瞬、うっ、と呼吸が止まったものの、だが、肉体的な痛み自体は、正直、大したことなかった。続けざまに、同じ部分に、二発目、三発目と拳を打ち込まれる。香織の、殺気に満ちた、がむしゃらぶりを見れば、ありったけの力を振り絞って、涼子を殴ってきているのは明白だ。けれども、それに対し、どっしりと身構えておけば、日々、過酷なトレーニングで鍛え上げてきた、涼子の肉体の強靱さが前面に出て、貧弱な香織のパンチなど、蚊に刺されるようなものとして、軽く受け流すことができた。いや、そればかりか、涼子からしたら、香織が、何かをごまかすために、必死になって反転攻勢に出ている印象を受け、その姿は滑稽ですらある。
 香織は、五発目の拳を打ち込んできた後、涼子に、ボディブローは通用しないと悟ったのか、それとも、情けない話だが、殴っている側である、自身の拳が痛くなってきたのか、いったん攻撃を止めた。だが、香織としても、引くに引けない状況らしく、現在、涼子のみにある弱点を狙うという、驚くべき冷酷さを示した。なんと、今度は、右脚を上げると、革靴の底で、落ち葉でも砕くかのごとく、裸足で立つ涼子の、左足の甲を、勢いよく踏んづけてきたのである。
 さすがに、涼子も、その痛みには、思わず顔をしかめた。
「いったぁ……」
 そう声をこぼしたのも、つかの間、香織が、ふたたび、涼子の左足の甲を狙って、革靴の底を浮かせたのだった。その動作が、目に入ると、涼子のほうも、抑えようのない怒りに駆られた。
「やめてぇぇ!」
 どんっと、香織の両肩を突き飛ばす。
 さほど強い力ではなかったはずだが、香織は、足腰の弱さを露呈し、無様にも、四、五メートルほど、どたどたと後退していき、その場で、尻もちをつきそうになった。
 すると、明日香とさゆりは、アクシデントが起こったと感じたらしく、二人とも、さっと立ち上がり、涼子と香織の様子を見比べる。
 涼子は、遠のいた香織に、軽侮の念を込めた視線を向けていた。
 今、香織の顔は、そのうち泣きだすのではないかと思うほど、くしゃくしゃに歪んでいる。もしかすると、支配下にあるはずの、また、香織たちの言うところの、奴隷であるはずの、その涼子の逆襲に、ある意味、打ち負かされた格好ですらあることが、悔しくて悔しくて堪らないのか。それとも……、ひょっとすると、仲間たちの眼前で、不自然極まりない狼狽ぶりをさらしてしまったので、今の自分自身は、どう見られているのか、どう思われているのか、という恐怖や不安で、平静を失いかけている可能性もありそうだ。
 涼子は、続いて、明日香とさゆりの顔を、交互に見やった。二人に対して、目で問いかける。文句ある……?
 明日香は、むしろ、面白おかしそうに、口をもごもごさせながら、こちらを見返してくる。
 が、さゆりは、目が合うが早いか、視線を斜めに落とし、困っちゃったな、とばかりに曖昧な薄笑いを浮かべる。そうして、迷っているような素振りを示していたが、ほどなくして、おもむろに体の向きを変えると、香織のほうに歩み寄っていった。
 それから、涼子が、もう一度、明日香の顔に目を向けた、その時だった。
 突然、後ろ髪を乱暴につかまれ、がくんと首が反り返る。
 何事……!?
 泡を食って、無理やり首を左に捻り、背後に目をやった時には、もはや、万事休すだった。何者かの、いや、滝沢秋菜のもの以外は考えられないけれど、その手のひらが、涼子の顔面の、目と鼻の先にまで迫っていたのである。
 油断してた……。そう悟ったと同時に、左頬、というより、ややその下の、あごの部分に、数キロもある鉱物が激突したかのごとき、物凄まじい衝撃が走った。
「ブゴォッ!」
 明らかに自分の声帯から発せられた音が、不気味な物音みたいに鼓膜を打ち、視界いっぱいに、無数の火花が散った。体全体が宙に浮いている感覚を、コンマ一秒ほど体感する。次の刹那、涼子は、地面に叩きつけられる形で横倒れになった。
 薄目を開けると、メリーゴーランドに乗っている最中のように、視界が、ぐるんぐるんと回っている。
 体の右側の肌に伝わってくる、コンクリートの地面の、冷たい感触……。
 まず生じた感情は、自分の内側が、心身共に空洞になってしまったかのような、とてつもない虚無感だった。
 ああ……、わたしって、いったい、なんなんだろう……。



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