バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十六章
壊れかけの偶像
3



「あっらー、驚いたぁ。南さんのおしりったら、すこぶる、いい音が鳴るじゃないの。ただ単に、おしりの表面を叩いてる、っていうより、なにか、肉そのものが弾け飛んだような、ダイナミックな響きで、おしりの迫力とか、弾力性とかが、まさに、手に取るように伝わってくる、っていうか……」
 香織は、半ば、気圧されている様子で言う。
「さっき、香織先輩も、間近で見たから、わかってると思いますが、南せんぱいのケツ、汗で、でらでらと濡れ光ってる状態でしたから、その水気の影響じゃないですか。べちゃーん、べちゃーんって……、なんとも言えない、淫靡な音」
 後輩は、おどけたように肩をすくめる仕草をする。
 そんな二人の反応は、今の涼子にとって、内心、ガッツポーズものなのだった。
「そそそ、そうそうそうっ! 石野さん、ずばり、そのとおりなんですっ! わたしのおしり、全体が、汗! っていうか、粘っこい油? みたいなのに覆われてまして! そのせいで、めいっぱいの力で叩くと、どうしても、かなぁーり品のない、ハレンチ? な音が、鳴っちゃうんですよねー。ごめんなさいっ! 聞き苦しかったですかね!?」
 涼子は、なおのこと勇み立ち、あぶら汗にまみれた、おしりを、両手で、二度、激しく叩き、水気と油気を多分に含んだ、下品な破裂音を響き渡らせた。そうして、愉快なことなど、何一つないというのに、ははははっ、と笑う。
「なんだか、その音、聞いてたら、南さんへの懲罰として、あたしが、おしり叩きするのも、いいかなって思ってきちゃった。思いっきし、ぶっ叩いたら、なかなか、爽快な気分を味わえそうだしぃ。それで、南さんのおしりが、真っ赤に腫れ上がるくらい、叩き続けてやりたいね……。ねえ、南さん。本当に、心から猛省してるのなら、甘んじて、それを受け入れられるでしょう?」
 香織は、上目遣いに、こちらを見上げる。
 叩かれる痛みを心配する気持ち以上に、香織の手で、おしりを触られること自体に拒否感を覚えるが、今の涼子に、首肯する以外の選択肢はないのだった。
「あっ、はぁい! もちろんですぅ。わたし、罪を償えるのであれば! 喜んで、この身に、罰を受ける所存であります! むしろ、ぜひ! ぜひ! よろしくお願いいたします!」
 涼子は、積極性を示して申し出る。
 すると、右手側にいる滝沢秋菜が、にわかに口を開いた。
「吉永さーん。その程度じゃあ、手ぬる過ぎますって。なんていったって、この女は、奴隷の身分であるにもかかわらず、吉永さんに乱暴を働いた、大罪人なのよ? もっともっと、厳しい処罰を与えるべきでは……? そこでなんだけど、わたしに、いい考えがあるの……」
「うん?」
 香織は、秋菜に発言を促す。
「都合のいいことに、ここの上は、体育倉庫よね? だから、体育で使う、ソフトボール用のバットが、収納されてるはず。つまり……、その金属バットで、この女の生ケツに、ケツバットを喰らわせてやるの。もちろん、フルスイングで。それを、そうだなあ……、二十発とか、いかがでしょう? この女は、奴隷としても、最底辺の愚か者ですから、それくらい、痛い目を見ないと、自分の犯した罪と、向き合えないと思うんです」
 涼子のほうが手を出した場合、といっても暴力と呼ぶような範疇ではなく、最低限の自己防衛に過ぎなかったのだが、いずれにせよ、その場合は、懲罰として、同じく身体的な暴力で、それも、百倍以上にして返すべきだというのが、調教役たる滝沢秋菜の持論らしい。
「なるほど……。いくら根性の塊のような南さんでも、フルスイングしたバットで、おしりを打たれたら、一発一発、痛みで飛び上がりそうになるだろうねえ……。半分の、十発も打った頃には、もう、南さんのおしり、そこらじゅう、青黒く変色して、全体的に、肉が、ぶくぶくに膨れ上がった状態になりそう……」
 香織は、乗り気になっているのかもしれない。
「うわぁ……。ただでさえ、汚らしい見た目の、南せんぱいのケツが、よけい醜くなるなんて……、もう、グロ画像みたいに、二目と見られない有様になりそう……。悲惨すぎぃ」
 後輩が、苦笑混じりにつぶやく。
 涼子は、自分のおしりの右下部に、そっと触れた。先ほど、明日香に、革靴の底で蹴られた部分だ。指先で傷口を確かめてみると、ぴりっとした痛みを感じる。バレー部では、これまでに、数え切れないくらい、怪我を押して試合に出場してきた経験があり、それゆえ、自分は、肉体的な痛みには強いほうだと、漠然とした自負心を持っている。だが、この話の流れを聞いていると、振り切られた金属バットが、おしりにめり込むたび、激痛に叫び声を上げている、自分の姿が、まざまざと目に浮かび、その近い未来に対する恐怖心から、動悸が早まってくる。

「あ、待って……。やっぱり、ただ単に、南さんのおしりをいたぶるだけ、っていうのは、今一つ面白味がない気がしてきた……。懲罰は懲罰でも、南さんには、なんていうか、もっと、こう……、奴隷にふさわしい、懲罰を与えてやりたくてね……。たとえて言うとさ、漫画とかで、よくある、焼きごてを使って、奴隷の体に、焼印を押すみたいな?」
 香織は、涼子に制裁を科す話となると、現実とフィクションの境目すら見失うのだろうか。
「はあ、なるほど……。では、焼印の代わりとして、入れ墨なんか、どうです? 針と、書道で使う墨が、用意できれば、あたしたち素人でも、その真似事くらいは、できそうじゃないですか? 南せんぱいのデカケツに、『奴・隷』の二文字を彫り込んでやったら、面白い絵になりそう……。案外、哀れなことに、二十歳を過ぎても、その文字が残ることになったりして」
 どこまで本気なのか、判断が付かないが、後輩には、猟奇趣味に傾倒する傾向があるらしい。
「まあね、方向性としては、間違ってないんだけどね……、あたしも、ちょうど今、ひねりの効いたアイディアが、ぽっと浮かんじゃってさ……。ねえねえ、おしりに、一、二週間は消えそうにない、歯型を付けるなんて、名案じゃなぁーい?」
 香織の発言は、涼子にとって、首を傾げるしかない内容だった。
 後輩も、怪訝そうな顔をしている。
「ハガタ? 歯? 歯で噛むってことですよね? でも、自分で自分のケツに噛みつくなんて、不可能じゃないですか? それとも……、まさかとは思いますが、ほかの誰かが?」
「ちょうどいいところに、適任の子がいるじゃないの……」
 香織は、なにやら、涼子の足もとのほうに目をやる。
 その視線の先は、自分の背後であるとわかり、涼子は、とっさに振り向いた。真後ろ、距離にして、二歩ほどのところに、一年生の足立舞が、ちょこんとしゃがみ込んでいるのを見て、ぎょっとさせられる。
 いったい、いつから、そこに……!?
 今、舞の見開かれた目が、自分の陰毛部に釘付けになっていることを悟り、涼子は、ついつい、その視線を遮るように、左手を、Vゾーンの前に動かしていた。それから、もう一点、疑問が生じる。
 あんたは、なんのために、そこにいたの……!?
 いや、そのことに関しては、即座に推測できた。
 おそらく、舞は、涼子の裸体の後ろ側、つまり、ボリュームに富んだおしりを、近距離から目に焼き付けたいという、性的欲求に突き動かされるがまま、その場まで移動してきて、目線の高さを合わせるため、体勢を低くしたに違いない。それからは、ずっと、涼子のおしりの大きさや形状、肌質、肉質、さらには、汗の噴き出し具合に至るまで、それこそ舐め回すように、子細に観察していたことだろう。そのことを思うと、涼子は、屈辱感という名の炎に包まれ、なにか、自分の魂まで焼けただれていく様を、目の当たりにしている気分になった。

「はい、南さん。奴隷らしく、目上の人に対するように、舞ちゃんに、頭を下げてお願いして。わたしのおしりを、思いっ切り強く噛んで、血が滲み出るくらいの、歯型を付けていただけませんか? ってね」
 香織が、冗談にしか聞こえないことを要求してくる。
「えっ、えっ、えええぇぇー!?」
 涼子は、思わず、大きくのけ反ってしまった。
「名案と言われれば、名案かもですが……。もし、それを、舞ちゃんが承諾してくれるとしても、南せんぱいの、いかにも、極太うんこをひり出しそうな、このケツを見れば見るほど、とにかく、衛生面が問題に思えてきますよね。噛んだりなんてしたら、相当、高い確率で、病原菌やら、寄生虫の卵やらが、口から体の中に入って、食中毒みたいな症状が出そうだし」
 さゆりが、ふしししっ、と笑いながら指摘する。
 涼子は、香織のほうに向き直り、異議を唱えたかったが、舞に対して、おしりを無防備にさらすことに、強烈な抵抗感を抱く。しかし、舞にとっては、涼子が、今、左手で半分ほど隠している、ジャングルと形容されそうな陰毛の茂みも、並々ならぬ興味の対象なのである。そのため、躊躇はしたものの、身を反転させ、ふたたび、舞に背中を向ける格好となった。
「あのっ……。吉永さんには、お言葉なんですけど……、わたしも、石野さんの意見に、同感ですっ。えっと……、歯型ってことは、つまり、その……、わたしのおしりに、口? を、じかに付けるんですよね? そうですよね……? そっ、それ……、ヤバすぎますって! だってだってぇ! わたしのおしり……、部活の練習中から、めちゃめちゃ蒸れてたし、おまけに、今は……、あ、あぶら汗が、だらだらと、止めどなく、噴き出してくるような始末でしてぇ……。だから、なんだろっ……、たちの悪い、ばい菌とかが、うじゃうじゃとこびり付いてるのは、確実なことだし、そんなところに、口なんて付けたら、その……、石野さんも、指摘してくださったとおり、十中八九、感染症にかかっちゃいますよぅ……。たとえて言うと、学校のトイレの床を舐めるよりも、危険な行為? みたいな? あ、あと、とくに、わたしのおしりだと、だ、大腸菌の温床にもなってるはず! 大腸菌って、場合によっては、重篤な症状を引き起こしかねないっていう、怖いイメージが、わたしのなかには、あるんですけど……。なので、わたしのおしりに、歯型を付けるなんて、舞ちゃんにとって、いったい、なんの罰ゲーム? って感じぃ」
 口を動かしながらも、今、背後にいる舞が、涼子のおしりの、どういった点に着目しているのか、という思考が、頭から離れない。それにしても、いったい、何が悲しくて、思春期の女の子が、自分のおしりの不潔ぶりを、必死にアピールしなくてはならないのか。
 その時、背後から、蚊の鳴くような声が、耳に届いた。
「南先輩の、おしりを……、かじるんですかぁ……?」
 それに続いて、涼子の立ち位置へと、舞が、しゃがんだ姿勢のまま、じりじりと迫り寄ってくる気配を、背中に感じた。
 ほどなくして、どうやら、その動きが止まったらしいと悟る。
 気配から察するに、涼子が、あと一歩、後ろに脚を引いたら、舞の体にぶつかる、といった間隔だろう。
 わずかながらも距離があり、なおかつ、顔の高さが、だいぶ違うものの、しかし、それでも、舞が、はあっ、はあっ、と切なげな吐息を吐いている音は、耳を澄まさずとも聞こえてくる。
 涼子は、ぞわっと恐怖を覚えた。
 まさか……、と思う。ひょっとして、舞は、すでに、『その気』になっているのでは……?
 そこで、ふたたび、舞は、小声でつぶやく。
「うわぁ……。なんか、臭ってきたぁ……。南先輩の、体臭……? っていうか、おしりの、汗の臭いなのかな……? 息が詰まるくらい、むんむんするぅぅぅっ……」
 声の発せられる位置からして、舞が、涼子のおしりに、あからさまに顔を近づけている感じではない。にもかかわらず、嫌な臭いが、もう、舞に伝わっているということ。となると、自分のおしりは、その表面全体を覆った、あぶら汗のせいで、想像以上に、臭気を放っているのだと推量される。涼子にとっては、自己嫌悪の底無し沼に、ずぶずぶと沈み込んでいくしかない状況だった。
 それから、まもなくのことである。
 おしりの右半分の、そのもっとも肉の盛り上がった部分に、突如、一本の指を、ぐにっと押し込まれ、涼子は、全身の筋肉が突っ張るような感覚に襲われた。むろん、舞の指である。たぶん、右手の人差し指だ。
 いったい、どういう意図なのだろうか……?
 いや、そのことについても、すぐに、おおよその見当は付いた。
 舞にしても、その行為が、三年生の先輩である涼子への、明らかな性的侮辱に当たることくらいは、当然ながら承知しているはずだ。しかし、そんな善悪の判断など、涼子の肉体に対する、嵐のような興味の前では、まったくもってどうでもいい問題なのだろう。
 人間のおしりの肉質。柔らかさ、脂肪の付き具合、筋肉量、弾力性などは、たとえ、近距離から観察したとしても、視覚では、ろくに確かめられない。だから、舞は、その人差し指の先端に伝わる触感から、涼子のおしりの肉質を、背徳的好奇心の赴くままに推し量っているに違いなかった。
 
 たっぷり、三十秒ほど経つと、ようやく、涼子のおしりの弾力に押し返されていくような形で、舞の、その人差し指が、おもむろに引いていくのを感じた。
 ここで、何もアクションを起こさなければ、再度、舞から、なんらかの性的行為を加えられると直感し、涼子は、もはや、居ても立っても居られない心理状態におちいる。
「あ、あの! 吉永さんっ! や、やっぱしぃ、わたしは、腕っぷしに、それなりに自信があるのをいいことに、吉永さんに対して、手を出してしまったわけでしてぇ……、懲罰としては、この体に、その何十倍もの痛みを受けるほうが、わたし自身、身をもって猛省することができる、って思うんです! た、たとえば、さっき、吉永さんがおっしゃっていた、おしり叩きでしたら、それこそ、わたしのおしりが、真っ赤に腫れ上がるくらい、叩き続けてください! あっ、も、もう一度、お聞きになりません? わたしの、この、おしりを叩く音! 吉永さんも、思いっ切りぶっ叩いたら、間違いなく、爽快感、抜群ですよお!?」
 先ほどと同様、両手で、二度、自分のおしりを荒々しく叩き、地面に打ちつけられた生肉のような、ひどく下品な破裂音を、地下の空間全体に響き渡らせる。
 すると、その直後、背後にしゃがみ込んでいる舞が、わわわわわっ、と困惑気味の声を出した。
「どうしたの? 舞ちゃん」
 香織が、優しく尋ねる。
「南先輩が、おしりを叩くたび、でっかいおしりが、ぶるんぶるんって揺れまくって、そのせいで、ばっちい汗が、あたしの顔に、びちゃびちゃ飛んできたんですよぅ……。もう、サイアクゥゥゥゥッ」
 その嘆き方が、はなはだ嘘っぽく聞こえるのは、舞が、内心では、涼子の後ろ姿を見ながら、はしゃぐようにして笑っているためだろう。
 涼子としては、いっそのこと、後ろ蹴りを喰らわせ、舞の体を、遠くまで吹っ飛ばしてやりたいところだった。が、その衝動を、どうにか抑え込み、思案を巡らせる。
 今日この場で顔を合わせてからというもの、涼子に対する性的欲求をむき出しにしてきた舞であるが、つい今し方、香織が考案、決定した『懲罰』には、その内容の異常さ、不潔さから、さすがに、強い拒否反応を示すものと予想した。というより、そう固く信じていた。しかしながら、それからの、舞の言動からすると、むしろ、その行為に心惹かれているのではないかと、そう疑念を抱かずにはいられないのだ。
 それゆえ、自己防衛のためには、とにかく、舞を引き下がらせるべきだと判断を下す。そうして、くるりと身をひるがえすと、舞と目線を合わせる形でかがみ込んだ。
 今、目と目を見合わせている相手は、まだ、公園で、鬼ごっこをして遊んでいる小さな子供のような、やけに容姿の幼い一年生なのだ。その彼女から、たった今も、性的侮辱を受けたことを思うと、改めて、忌まわしさを覚える。しかし、そんな感情とは裏腹に、涼子は、得意としている、とびっきりの笑顔を作ってみせた。
「ごっめーん、舞ちゃーん。わたしのおしりの汚い汗、お顔に、飛び散らしちゃってぇ……。そりゃあ、サイアク、だよねー? でもさ、でもさ……、そんなに、わたしの真後ろまで、寄ってくる必要って、あったかなあ? まさかとは思うけど、わたしのおしりに、歯型を付けるなんて、罰ゲームみたいなこと、引き受けるつもりじゃないよね!? まさかね!? もし、引き受けるっていうのなら、舞ちゃんって、おバカさんなんだなって、わたし、もう、どん引きぃぃぃぃぃぃぃっ! だってさ、常識的に考えて、舞ちゃんには、デメリットしかないんだもん。そんなの、絶対に嫌だよねっ……? だけどもぉ、そんなところにうずくまってると、その貧乏くじ、無理やり押しつけられちゃうぞっ。ささっ、そうなるのを避けるために、急いで、バック! バック!」
 両の手のひらを、舞のほうに、ずいっと突き出す。
 ところが、数秒間、待ってみても、舞に、動きだす気配はない。
 息苦しい沈黙が流れており、涼子としては、苛立ちが、加速度的に募る一方だ。
 なにやら、舞は、言葉を探している様子である。やがて、ようやく、その口が開かれた。
「でも、南先輩に、『チョーバツ』を与えるのはぁ、あたしの役目っぽいですしぃ……」
 話が噛み合わない。こちらは、舞に、主体的な判断を求めているのだが、彼女のほうは、とんちんかんな言い訳で、それをはぐらかしている。おそらくは、意図的に。つまり、それだけ、涼子への懲罰に、乗り気になっているとしか思えなかった。
 涼子は、自分の顔から、笑顔が消えていくのを自覚した。
「あっ、ああうんうん……。吉永さんから、適任として選ばれたんだったねー? けど、その一方で、石野さんは、衛生面のこと、指摘してくれてたじゃない? ねえ、舞ちゃん、よーく考えて? わたしのおしりに、歯型を付けるなんてことしたせいで、なんらかの感染症にかかって、明日、明後日くらいに、ものすごいお腹が痛くなったり、何度も吐くようなことになったりしたら、どうするの? お父さん、お母さんに、本当のことを言える? 言えないよねえ? 危険な症状が現れてるのに、誰にも相談できないって、下手をすれば、命に関わってくる事態だと思わない……? あのっ、ごめんね? なんか、脅すような言い方になっちゃって……。だけども、今回の件では、わたし、本当に、舞ちゃんの体が心配でさっ。悪いことは言わないから、やめておきな? ね? ねっ?」
 捨て身の覚悟での説得だった。
 しかし、舞は、終始、目を合わそうともせず、つまらなそうに指をいじっており、話が終わると、はぁーっ、とため息を吐いた。やれやれ、うっとうしいなぁ、とでも言いたげに。
 舞のその、人を人とも思わぬような態度を見て、涼子は、失意に打ちひしがれ、生きる気力そのものまで失ってしまいそうになった。
 もはや、舞に対する疑念は、確信に変わっていた。
 すなわち、舞は、涼子に、淫らな懲罰を与えられるということで、密かに、しかし、小躍りせんばかりに浮き立っているのだ。もっというなら、涼子の裸体に、それも、臭い立つような性的部分に、自身の唇をじかに付け、背徳感に満ち満ちた快楽を貪りたいのだ。
 後ろの香織から、声を掛けられる。
「ミ・ナ・ミッさぁーん。あなた、何か勘違いしてない? なによ、やめておきな、って。舞ちゃんだってねえ、やりたくてやろうとしてるわけ、ないじゃないっ。なにせ、この懲罰を与えるのは、考案したあたしが言うのも、なんだけど……、キショすぎ、汚すぎ、それに……、衛生面を考えたら、危険すぎ? のサンKが見事に揃ってるんだから。それでも、南さんが、罪を償えるならと、その汚れ役を、引き受けてくれようとしてるんでしょう? あなたは、懲罰を、『受けさせてもらう』側なの。だから、最低限の礼儀として、まずは、あなたのほうから、舞ちゃんに向かって、深く頭を下げて、懲罰を、お願いしなさい」
 そんな懲罰など、受けられるはずがない……。ほんのわずかでも、プライドが残っている女の子であれば。
 
 舞はというと、まん丸に近い大きな目を、ぱちくりしながら、こちらを見返してくる。そして、その口もとは、かすかながら、含み笑いの形を示していた。
 今の涼子にとって、その舞の顔つきは、デスマスクよりも不気味に感じる代物だった。
 やだやだやだ、絶対に、いや……。
 涼子は、意を決して、すっと立ち上がると、身を反転させ、ふたたび、香織と相対し、舞に、背中を向ける格好となった。
「吉永さんっ。無礼を承知の上で、申し上げます……! 懲罰としては、わたしのおしりを、真っ赤に腫れ上がるくらい、叩き続ける、という案を、真剣に検討してくださらないでしょうか? あ、えっとぉ! 誤解しないでいただきたいのですが、これは、わたしの、そのっ……、感情の問題とかではなくって、ですね、もし、わたしのせいで、舞ちゃんの身に、何かあったら、きっと、大人たちが介入してきて、真相が、追求され始めるんじゃないかなあーって、思いまして! もしも、そうなったら、吉永さんたちに、大変なご迷惑が……」
 訴えかけている途中で、腰の両側に、いきなり、手のひらを、びたっと張りつけられた。舞が、左右から挟み込むようにして、涼子の腰を押さえつけてきたのだ。
「えっ!? あ、あっ、待って……」
 どう対処すべきか狼狽していると、あぶら汗に覆われた、自分のおしりに、早くも、舞の吐息がかかってくるのを、肌で感じ取ったのである。
 それから時を移さずして、背後から声が上がった。
「うっひゃぁぁぁぁっ……。ひゃぁぁぁぁぁぁぁっ……。南先輩のおしり、くぅぅっさぁぁぁぁっい……。たしかに、さゆり先輩の言ったとおりぃ、超、不衛生なのが、丸わかりで、おしり一面に、こわーい病原菌とか、うねうねした虫の卵とかが、付いてそうで、鳥肌が立ってきちゃった……。やっぱし、口を付けてかじるなんて……、あたし、不安……。南先輩、おしりは、人に見られたり、触られたりしないから、不潔にしててもいい、とか思わないで、こういう時のために、ちゃんと、清潔にしておいてほしかったですよぅっ」
 子供は残酷。その言葉を彷彿とさせられる、純真なまでに思慮分別のない物言いだった。しかし、舞は、不快感に顔を離すどころか、逆に、涼子のおしりの超至近距離で、あからさまに、すんすんすんすん、と鼻を鳴らし始める。あたかも、これから口に入れる料理の、香ばしい匂いを、充分に堪能するかのように。
 涼子は、恥ずかしさのあまり、意識が遠くなっていくのを感じ、今この瞬間、自分が、地面に足の裏を付けて立っていること自体に、自分自身で驚嘆する。だが、これ以上の苦痛をこうむったら、もう、身も心も、壊れてしまうであろうことを、本能が察知していた。そう……。もしも、自分のおしりに、舞が、口をくっつけ、そこに、歯を立てるという行為に及んできたら……。その時のことを想像すると、五臓六腑までもが、悪寒に縮み上がるような感覚を覚える。と同時に、脳裏には、またぞろ、人型の肉塊となって、コンクリートの地面に転がっている、自分の光景が、いかにも不吉めいた白黒映像でちらついた。
 わたし……、今度という今度こそ、本当に、そうなっちゃう……。
「南先輩のおしりってぇ、表面の肌も、くさいけど、おしりの中は、もぉーっと、もぉぉぉーっと、何倍も、くさいんですかねぇ……? やらしいことなのかもですけど、あたし、すごい興味が湧いてきちゃったんで、ちょっと、臭い、確かめさせてくださいっ! 南先輩、いいですよね? お願いしますっ!」
 腰の両側を押さえていた、舞の両の手のひらが、涼子のおしりの表面を、中央部に向かって、ぬるぬると滑っていく。まもなく、おしりの割れ目に、両の親指をかけられたのがわかり、涼子は、反射的に、体力を総動員して、大臀筋に力を入れた。まさに間一髪だった。しかし、舞のほうも、非力ながら、あらん限りの力を使っていると思われ、無理やり、おしりの割れ目を押し広げようとしてくる。
 涼子は、我知らず、かっと目を見開いていた。
 このクソガキ……! 臭いを確かめたいだってえ!? わたしの体の、もっとも汚い部分の臭いを……? それが、二個下の後輩のやることか! 同じ女のやることか! させない……。わたしが、こうして、自分の両脚で立っていられる限り、そんなことは、絶対に、やらせない……!
 そうして、涼子のおしりの割れ目を、こじ開けようとする側と、一分の隙もなく閉じておこうとする側の、両者の攻防は、いつ終わるともなく続くのだった。
「あっ! 毛が見えてきたっ! こんなところにまで、びっしり毛が生えてるぅ……。えええぇぇーっ、なんか、見た目が汚くって、やだなっ、こういうのは……。南先輩、いくら、ボーイッシュっていうか、男みたいに、ワイルドな、スポーツ選手だからって、いちおう、女の子ですよねぇ? なのになのに……、ここまで、身だしなみが、悪いなんて、想像もしてなかったですよぉぉっ……。はっきり言って、幻滅もんですっ」
 舞は、まるで、それが、道徳に反していることだとでも言いたげに、咎め立てるような口調で告げてくる。おそらく、涼子の背後を取っているという、心理的余裕と、それに、彼女の精神年齢の低さが相まって、増長していく自分自身に、歯止めをかけられなくなっている状態なのだろう。
 ただ、なんにせよ、まだ、おしりの割れ目を、深部まで押し広げられたという体感はない。だから、いわゆる、Oゾーンの毛について指摘されたとはいえ、不浄の穴までは覗かせていないはずだ。たぶん、もっと浅い部位、割れ目に沿って、左右の肉の内側に生えている縮れ毛を、今、舞に見られているに違いない。
 涼子は、自分の肉体が、中学を卒業してまもない一年生に、慰み物として扱われていることを、骨身に染みて自覚させられたが、だというのに、手も足も出せないどころか、やめて、と叫ぶことすら許されない、この身の上が、ただただ呪わしかった。



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