第五章〜美女と美女


同性残酷記ご案内へ


小説のタイトル一覧へ

目次へ



第五章〜美女と美女




 一線を越えてしまったと感じることが、これまでに幾度かあった。
 特に何かの恨みがあるわけでもないクラスメイトの女に、想像を絶する恥辱を与えている真っ最中。
 もし、自分が、同じことを、誰かにされたとしたら。
 吉永香織は、時折、そんなことを考えてみる。答えは、一秒もしないうちに出る。まず耐えられるはずがない、と。気がどうかしてしまうし、その精神的外傷は、終生、消えることはないだろう。きっと、さゆりや明日香にしたって同様のはずだ。
 南涼子は、一糸まとわぬ体を小刻みに震わせながら、女の恥部だけはと、股を両手で覆っている。その姿からは、日常の快活な彼女とはおよそシンクロしない、見るも無惨な雰囲気が漂っていた。
 これほどまでの仕打ちをしてもよいのだろうか。わが身だったら、絶対にこらえることのできない仕打ちを。
 香織は、自問自答してみるのだが、案外、またすぐに答えが出る。自分自身ならば、到底、耐えられないようなことだからこそ、やりがいがあって面白く、快感なんじゃないか。
 最終的に導き出されたその結論は、香織の中で、だんだんと一種の哲学と化していく。
 そうして香織は納得し、次なる行動に移るのだった。

「ああ……、そういえば、まだ、話し合いが済んでなかったね。南さんも素っ裸になって、一応、誠意を見せてるってことで、南さんの言い分も聞いてあげよっか? ねっ、明日香?」
 声が弾む。今の涼子が、香織たちと同等に話し合えるはずがないのは、火を見るより明らかだった。
「ううーん。そうだねえ、りょーちん、必死に頑張ってるから、ちゃんと、話、聞いてあげるべきだねえ」
 明日香は、親指を顎の下に宛がい、まじめ腐った顔で頷く。つと、涼子のほうを向いた。
「りょーちん、何から話したぁーい? どっかに無くなっちゃった合宿費のこと? それとも、りょーちんの恥ずかしい裸の写真のことぉ?」
 明日香の人形のような顔に、あからさまに野卑な笑みが浮かぶ。
 涼子は、つい昨日までは仲間だと信じていた女の挑発に、憎しみの籠もった目つきを向けた。だが、すぐに、汚らわしいものを見せられたとでもいうふうに視線を外すと、口を噤んでしまった。
 香織にとって、ちょっと期待外れの反応だった。惨めな格好をさせられていながらも、涼子が、魂を振り絞って舌戦に臨んでくるのを期待していたのに。さすがの涼子も、そこまでの太い神経は持っていなかったということか。
 つまんないの……。香織は、内心で、ふくれっつらをしていた。
「何も言うことはないの? 南さん。それなら、もう、あたしたちに対して、文句は無いってことだから、こっちの都合だけでやらせてもらうよ。……じゃあ、さっそく、合宿費を盗んでないか確かめるために、南さんの体を検査するから」
 ほとんど反射的に、涼子は切迫した顔を上げ、香織を見てきた。そして、かすれ気味の声を絞り出した。
「バレー部の合宿費を盗んだのは、あんたでしょう……。もう、本当に、いい加減にして。いったい、あんた、なに考えてんのよ」
 香織は失笑した。絶体絶命の状況だというのに、そんな弱々しい抗議口調でよいのだろうか。ともかく、これで、『話し合い』、要するに言葉の応酬は、涼子の戦意喪失によって、続けても面白味がないだろうことがわかった。
「はっ? なに言ってんの、南さん……。あんまりふざけたこと言ってると、あたしたち、本気で怒るよ。お金が無くなった責任は南さんにあるし、それに、南さんは容疑者なんだよ。なんで、あたしたちのせいにすんの? ホント、信じらんなーい」
 真っ赤な嘘で責め立てているというのに、それでも涼子からの反撃がこない。
 香織は、当初予定していた、全裸になった涼子との話し合い、を省くことに決めた。さてさて、そうなると、お次は……。
 ついつい、頬がにやけてしまう。その、匂い立つ肉体の検査に移り、恥辱に悶える涼子の姿をたっぷりと勧賞させてもらおう。

「南さん、後ろを向いて」
 さも当然なことのように、香織は告げた。
 その言葉の意味を理解するのに、わずかに時間がかかったようだ。ややあって、涼子の表情が、ものの見事に歪んだ。
「いやっ……、やめてっ……」
 この世で、それほど嫌なことはない、という感じの拒絶の仕様である。
「やめて、ってなに? 大金が無くなった事件なんだよ、しかたなくない? ねえ、こっちはさ、南さんが、前のほう……、ってか、ま○こ、見せるのが、よほど恥ずかしいようだから、後ろから調べてあげるって言ってんの!」
 香織は、満を持して露骨な言葉を放ち、より一層のプレッシャーを涼子に与える。とはいえ、香織の発言は、最終的には、性器さえも強制露出させるつもりでいることを、仄めかしてしまっていた。
 涼子のほうは、今聞かされたことを信じたくないというふうに、左右に首を振り続けている。
 ひとしきりその反応を眺めてから、香織は、軽く息を吸い込み、思いっ切り言葉を吐き出した。
「だ・か・らぁ……、ほんっと、とろいねえ……。けつ! けつをこっちに向ければいいの!」
 香織の一言一句に衝撃を喰らったように涼子の首が反り返り、しまいには、わなわなと後ずさりし始める。絶望感や恐怖、そして恥辱。涼子の一挙手一投足は、そういった感情の表出に他ならなかった。
 むろん、それらは、香織のサディスティックな血潮をなおさら刺激してくる。香織は、ゆっくりと足を踏み出した。
「なに逃げてんの……? おとなしく検査受けないと、余計に恥ずかしい思いするだけだよ……」
 すでに完全に逃げ腰となっている涼子に歩みよりながら、冷ややかに告げる。
 香織は、涼子の前に立つと、ぞんざいに両肩をつかんだ。
「はやくしてよっ!」と怒鳴って威嚇し、強引に後ろを向かせようとする。
「いやっ……。やめてぇっ……」
 涼子は、両脚を踏ん張って抵抗し、震える声で哀願した。
「もーっ……。りょーちん、ちょっとくらい、我慢してよぉ」
 背後から唐突に、明日香のじれた声が聞こえてきた。彼女が、革靴の音を響かせ、こちらに歩いてくる。
 香織に代わって、明日香が涼子の正面に陣取った。明日香は、諦めの悪い涼子に対し、いつになく苛立ったような表情をしていたが、ふいに、口元を奇妙に緩めた。
 その直後だった。明日香は、すっと両手を前に伸ばしたかと思うと、涼子の裸体に抱きついたのである。両腕は、ごく自然な感じに涼子の背中に回っており、二人の顔は、鼻と鼻がくっつくほどに迫っている。
「えっ……。ちょっ……」
 捕まった涼子は、当然、生理的な嫌悪感をその全身で示した。だが、両手を股へやった不自由な体勢のままなので、動作が制限されて、明日香の腕から逃れられない。
「ふふふっ……」
 明日香が、聞く者の体温を下げるような笑い声を漏らす。
 このシーンは、前日も見せつけられたものだ。
 香織は、明日香の背中に、いささかの奇異の目を向けざるをえないのだった。普段から、明日香は、これといった意味もなく友人に抱きつくことが、しょっちゅうある。それは彼女の愛嬌であり、一種の武器ともいえた。しかし、裏切った相手、それも裸の女に同じことをするのは、如何なものか。

 明日香が、全裸の涼子と体を密着させている、目の前の光景……。まったく、あんたは、人にそうするのが好きだね、と香織は胸の内で呟く。
 だが、香織の胸中には、なんとなくもやもやとした感情が兆しているのだった。暗い羨望、とでもいうべきか。
 やっているのが明日香だから、別段、気色の悪い印象を与えないのだという思い。
 重要な条件として、身長が挙げられる。涼子と目線の高さを合わせ、小馬鹿にするだけの余裕を持った身長。かりに、香織が、明日香と同様の行為をしたら、まるで、むしゃぶりついているかのようで、目も当てられないほど見苦しく、また、狂気的に映るに違いない。こんな時に、明日香のすらりとした背丈には、嫉妬を覚える。
 それと、明日香の元来の飄々として甘ったるい性格が、この場面では、変態じみた印象を打ち消していた。この子は、今後の人生でも色々なところで、突拍子もない行動で周囲を驚愕させては、とぼけてみたり猫撫で声を出したりして、お目こぼしを貰い、傍若無人に生きていくのだろうか。
 友人に対する羨望ほど詰まらないものはない。べつに、涼子に抱きついてみたいとか、そんな願望があるわけではないが。

「かおりぃー。ほら、あたしがこうしてるからぁ、りょーちんのおしりを早く調べてぇ」
 明日香が、わずかに首を巡らして言った。
「いっ、いや、やめてっ……」
 涼子は、さながら死刑宣告を受けた女のような必死な声を上げる。
 どうやら、明日香のその行為には、香織とのコンビネーションという意味合いも、半分くらいは含まれていたらしい。好都合といえばそうなので、ここは、彼女の言うとおりにしようと思う。
「さゆりー。あんた、突っ立ってないで、こっちにきなよっ。……ちゃんとカメラを持ってね」
 香織は、後輩を呼びつけた。さゆりが、カメラを大事そうに胸に抱えてそそくさとやって来る。
 悲鳴みたいな声が涼子から発せられたが、構わず、香織はさゆりと共に、涼子の背中側に回っていく。その途中で、くっつき合っている二人が、それぞれどのような表情で向かい合っているのか確かめてみたくなり、ちらと見やった。
 香織は、思わず足を止めていた。
「ん? せんぱーい、どうしたんですかぁ?」
 いきなり立ち止まった香織に、さゆりが訝しげに訊いてくる。
「ああ……。うん、なんかね、南さんの顔がやばいから、ちょっと、面白くて……」
 ほとんど上の空で、適当に返事をする。
 自分の眼前で、体を密着させている彼女たちが漂わせる、形容しがたいオーラに、香織は、心を奪われていたのだった。

 その光景は、ぞくぞくするほど魅惑的だった。なぜ、そう感じるのかは、自分でもいまいち判然としない。ただ、直感は、とんでもなくプレミアムな光景だと告げていた。奇跡の瞬間に立ち会っているのではないかとさえ、香織は思い始めた。
 その不思議な感覚の要因を、香織は、徐々に掴んでいった。一言で要約するならば、明日香と涼子の強烈なコントラストだった。
 それを最も顕著に表しているのが、二人の表情である。
 明日香は、吹き出すのを堪えているような、あるいは、チャーミングな顔つきを意識的に作っているような、そんな感じに口元をきゅっと結んで、じっと涼子の顔を見つめている。かたや、涼子のほうは、惨め極まりなく、恥辱や恐怖のためだろう、唇を震わせながら、どこか虚ろな眼差しを明日香と香織たちとに交互に向けている。
 そのほかにも色々とある。衣類を身に着けている明日香と、全裸の涼子。外気に曝されている涼子の乳房は、ちょうど同じく明日香の胸のところに押し当てられており、卑猥感たっぷりに先端部分が潰れていた。
 余裕綽々の態度で、ふざけきっている明日香に対して、涼子の荒い呼吸音は、香織の耳にもひっきりなしに届いてくるほどだ。明日香の顔には、その息が、さぞかし甚だしくかかっていることだろう。さらに、現在の二人の、体臭や、髪の乱れ具合などに着目してみても、面白い。
 要するに、明日香と涼子では、互いの状況が天国と地獄のごとく対照的なのだ。
 そして、ただ一つ、二人には、運命めいたものを感じさせるような共通点があった。両方とも、同性からも憧憬を集めるほどの、いい女、なのである。
 この、嘘みたいな条件下で、優位な立場にある女が、一方的に相手の女を抱擁しているという絵には、どこかホラーじみた『ありえなさ』を感じさせられた。
 ひょっとすると、マニアックなエロ本や映像などの中では、こんな光景が表現されることもあるかもしれない。だが、フェイクではない実物となると、この先、どんな場所へ行こうと、お目に掛かる機会は金輪際ないだろう。
 美少女というには、若干、彼女たちは大人びている気がする。美女というほうが相応しい。美女と美女が、文字通り絡まり合ってコントラストが浮き彫りになった絵は、とてつもなく異様であり、そして、官能的だった。
 香織は、その絵を、さゆりに指示して写真に収めておきたい思いに駆られた。けれども、明日香にとっては、涼子を辱めている決定的瞬間を撮られるわけだから、あまりいい気はしないだろう。惜しい気持ちで一杯だったが、香織はそれを断念した。
 絵の中の人物となっていた明日香が、ふいに、こっちに顔を向けた。香織は、なぜか赤面してしまうのを感じた。
「なーに見てんのよぉ? かおりぃ。あたしが押さえてるから、早く、けんさぁ」
 明日香の口から出た声音には、相も変わらず、世の中を舐めきったような響きがある。
「ああ……、うん。じゃあ、よろしく、明日香」
 おざなりな返事をして、香織は、後輩と共に、涼子の背中側へと回った。
 
 きったないおしり……。前日とまったく同じ感想を抱いた。
 今、香織とさゆりは、涼子の体の真後ろに悠然としゃがみ込んで、視界をどっかりと占める大きな臀部を眺めている。
 こうして裸にさせ、下半身を観察してみると、 スパッツに覆われていた範囲と、常に露出している部分とでは、肌の色に若干の違いがある。 屋外でのランニング等で、日焼けしたのだろう。たくましい太ももの中ほどに、その境界線が確認できるのだが、 だからといって、そこから上が、がらりと白く変わっているわけでもない。
 すなわち、元から涼子は、どちらかというと肌の色が濃いのだ。健康的な感じがして、 いかにも涼子らしいと思える。
 だが、その要素は、皮肉めいたことに、臀部においては、視覚的にマイナスの効果をもたらしていた。浅黒い色をした、ド迫力の大きさのおしりは、どういうわけか妙に汚らしく見えるのである。前日、香織は、涼子の背中に、『きったないおしり』と言葉を浴びせたが、あれは、悪意というより、香織の率直な感想だった。
 さらに、今は、太ももから臀部全体にかけて、ぷつぷつとした鳥肌がびっしりと立っており、細やかな産毛が逆立っているのまで視認できる。部活で流した汗が乾き始め、全裸でいるのが寒いのか、それとも、あまりのおぞましさに悪寒が走っているのだろうか。なんにせよ、醜いことこの上ない。
 その汚らしいおしりを眺めていると、香織は、ふと、『うんこ』を連想してしまった。すると、ちょっとした邪念を思いつき、香織は、ひとり笑いをこぼした。
 さっそく、それを言動に移す。
「ねえ、南さん。便秘してるぅ?」
 自分で言っていて、笑ってしまうのを抑えられない。
 あまりにも突飛で馬鹿げた問いかけに、隣にいるさゆりが吹き出した。
「なに言ってんですかっ、香織先輩……」
 涼子を拘束している状態の明日香にもウケたらしく、彼女は、笛の音みたいな声でせせら笑った。
 尋ねられた涼子だけが、凍りついたかのように動かなくなっていた。
「なっ……」と、絶句したらしい涼子の声が、かすかに聞こえた気がする。おしりが裸出していることに対する、香織の当てこすりの質問に、どこかショックを受けた様子でもあった。
 香織は、アイデアが奏効したことに快感を覚えながら、視線を下に戻した。

 今、涼子の両脚の筋肉質な太ももは、滑稽なまでに、ぴったりとくっつき合わさっている。むろん、香織たちに性器を見られたくないがため、そうしているのだろう。今の涼子にできる、精一杯の抵抗だった。
 その、きつく太ももを閉じた格好は、臀部の肉が左右に張り出して見えるため、ただでさえ巨大なヒップが、余計に強調されて映る。それはもはや、セクシーやエロティックといった優美な表現は到底当てはまらず、ただ下品としか形容のできない代物だった。
「どうなのー? 南さん。便秘? それともちゃんと出てる?」
 香織は、ねちっこく言いながら、涼子の浅黒い肌にそっと触れた。腰骨のあたりに。
「いやぁ! さわんないで!」
 掌に皮膚の感触を感じるが早いか、涼子が野太い声を上げ、おしりの肉を激しく震わせながら前に逃げようとする。
「りょーちんっ、暴力反対!」と明日香が、鋭く牽制した。
 明日香の細くて白い指が、涼子の背中の皮膚に食い込み、その体が止まる。涼子は、女軍人が敬礼の姿勢と取る時のように、わずかに開いた太ももを、即座に、ぎゅっと閉じる。
 だが、その固い防御が崩れた、今の一刹那、股間に現れた陰毛が、香織の瞼に焼きついた。
 げっ……。すごい……。香織は、黒々と茂った毛の量に、ちょっと信じられない思いだった。
「別にさあ……、変なとこ触ってるわけじゃないんだから、大げさに嫌がらないでよ……」
 素知らぬ調子で文句を付け、さっきと同じく右手を涼子の腰に宛がった。びくっと涼子の全身が反り返る。じわじわと嫌悪感を与えていくのが快感なので、香織は、敢えて臀部には触れなかった。
 その時、涼子が、あまりにも彼女らしくない、弱々しい声で言った。
「いや……。ねえもう……、やめてよっ」
 いつもの涼子の、低いが、よく通る声音とは似ても似つかない、泣きだしそうなか細い声だった。
 香織は、やや呆気にとられたが、それも束の間、腹の奥底から笑いが込み上げてきた。授業では、甘いアルトヴォイスで朗々と発表を行う女も、こんな声を出すのか。部活中は、体育館全体に轟くような大声を発し、部員たちを統率している、この女が。
 なんのことはない。バレー部のキャプテン、ボーイッシュな雰囲気でかっこよく、後輩たちの憧れ、頭は切れるし運動神経も抜群、まさにオールラウンドの南涼子、といったって、所詮は、ただの女子高生、思春期の女の子。素っ裸にされて恥ずかしいイジメを受けたら、当然、涙声になっちゃう。
 可哀想ねえ、りょうこちゃん……。死にたくなるくらいつらいのは、とってもわかるけど、でも、やめてあげない。だって、あたしたち、愉しくてしかたないんだもん……。やめるわけないだろ、バーカ。
 完全な屈服へと、さらに一段階、涼子が落ちた気がして、香織は、うきうきしっぱなしだった。

「りょーちぃーん。さっきから、息がはあはあ、あたしの顔にぃ、かかってんのぉ。気持ち悪いんだけどー」
 明日香が、蔑みの口調で言う。
 その台詞に、香織とさゆりも嘲笑を重ねた。
「なんか……。南先輩、すんごい鳥肌立ってるんですけど、大丈夫なんですかね……。ひょっとして、裸で寒いのかも……」
 さゆりは、苦笑いの表情で呟きながら、さりげなく涼子の太ももにぺたりと触れた。その瞬間、涼子の肉体が、目に見えてより一層こわばった。その反応が面白かったらしく、さゆりは、にたっと口元を歪めると、皮膚を撫でさすり始める。
 この後輩は、先輩である涼子に対して、正面からでは、こんな真似はできなかったはずだ。今は、当の涼子の視界には入っていないので、自分の行為もうやむやにされると思っているのだろう。いかにも、陰口の大好きな、さゆりらしいやり方だと感じる。
 ただし、涼子の意識は、さゆりの思惑とは真逆に相違ない。全裸の下半身を、年下の子に触られているという悪夢のような事実は、涼子の頭の中ではっきりと認識され、今、その嫌悪感が全身を駆け巡っていることだろう。
 気のせいか、醜い鳥肌が、ことさら顕著に現れてきたようにも見えるのだった。
 さゆりは、まるで温めてやっているような手つきで、肉感的な太ももの皮膚をもてあそんでいた。けれども、そこより上、つまり臀部には、一向に触ろうとはしない。どうも、衛生的に問題、と見ている風情である。
 
 とうとう、涼子が耐えられなくなったらしく、再び暴れだした。
「はああっ……」
 パニック状態を示す、言葉にならない甲高い奇声を発し、全身を激しく揺すったのだった。
 しかし、明日香は、冷然と対応した。
「もぅ! 痛いってりょーちん。あたしに暴力振るう気なのっ? すべてを失ってもいいのっ?」
 明日香の恫喝により、涼子の体の動きが急速に弱まっていった。
 力による抵抗にかちんと来たらしく、明日香は、いつになく険のある口調で言いだした。
「暴力は使わないって、さっき誓ったでしょ……。りょーちんは、約束破ってるよねえ? つぎ、今みたいに暴れたら、もう許さないから。恥ずかしい写真が出回ったうえに、退学になっても、知らないから」
 涼子は、何も言い返せなくなり、その肉体は鎮静化した。
 ここで、改めて香織は、自分たちの握った涼子の弱みが、いかに凄いものであるか再認識した。もはや、涼子を屈服させるだけではなく、涼子の人生を滅茶苦茶に切り裂くことさえ可能な、危険な誘惑を帯びたナイフなのだ。
 香織は、その事実に、かすかな当惑と感動を覚えながら、視界の中心を占める、巨大な臀部に視線を戻した。
 
 女としての最後の恥じらいから、ぎゅっと太ももを閉じていた、今までの涼子の格好は、滑稽極まりない眺めだった。往生際が悪すぎるから、むしろ、観念して両脚を自然に伸ばし、形だけでも堂々とした体勢を取っているほうが、まだマシだと思った。しかし、それは違っていた。
 どうあっても、両脚は、ぴったりと合わせておくべきだったのだ。つまり、涼子の判断は正しかった。汚辱に見舞われ、希望を限りなくすべて奪われた状態でも、機転を利かせることのできた涼子の頭脳と神経には、拍手を送ってやりたいほどだ。
 だが、どうやら、その精神力の糸も、ぷっつりと切れてしまったようだ。女軍人よろしく、筋肉の張っていた太ももが、今では弛緩しており、両脚は、棒立ちの状態になっている。
 臀部の向こうに、剛毛に包まれた、ぼってりとした肉が覗いていた。表面は、ひどく黒ずんだ肌色で、なんだか、ちょっと触れただけで、落ちない臭いが付着しそうに思われた。まるで、熟れすぎて変色した、グロテスクな果実が垂れ下がっているかのようだった。
 
 一線を越えてしまったという思いが、またしても、もたげてくる。これほどまでの仕打ちを、してもいいのだろうか。今すぐに中止するべきだ、と人道的な言葉も心の内から聞こえてきて、香織は、少々戸惑ってしまう。
 だが、そこで香織は、自分の中の哲学を用いることで答えを導きだす。
 例えば、あたしだったら……。こんな恥ずべき淫猥な部分を、同校の生徒に観察されているという立場を、自分自身に置き換えて考えてみる。想像するだけで、頭がくらくらしてきた。
 そう、だからこそ、快感なんじゃないか。あたしだったら、到底、耐えられないような恥辱だからこそ、他人に、涼子に、味わってもらいたいのだ。そして、その様子を間近で観賞するのが、至極の悦びなのだ。
 こうして戸惑いや逡巡を通過するたびに、サディストとして尚のこと冷酷になり、また、歯止めというものが消えてゆく。
 
 涼子の股間の、もっさりとした陰毛は、密度変わらず、臀部の下まで続いていた。
 ということは……。香織は、純粋に、見てみたくなって、そこへ手を伸ばした。つまり、涼子に対して、次なる恥辱を与える目的ではなくて、自分のいやらしい好奇心を満足させるために。
 涼子のおしりの割れ目に、香織は、ぐっと指を差し入れたのだ。
「いやああああ!」
 断末魔を思わせる涼子の絶叫が、陰鬱なこの空間に響き渡った。
 だが、香織にしてみれば、そんなものは想定内の反応だった。ためらわず、涼子のおしりの肉の強い弾力を指先に感じ取りつつ、割れ目を横に押し広げる。
 うっわぁ……。やっぱり……。鼠色の肛門の周囲は、なんとも汚らしく、縮れ毛の密生林と化していた。香織は、予想が的中したことにほくそ笑みながら、指を引き抜いた。どうしても指先の汚染された感が拭えないので、コンクリートに地面に擦りつける。
「ちょっと……、香織先輩……」
 さゆりが、何か言いたげに香織を呼んだ。相変わらず微苦笑しているが、その頬が、やや引きつって見える。どうやら、途中からさゆりは、香織の挙動を目で追っていたらしい。そこまでしますか、普通……、とでも言いたいのだろうか。あるいは、よくそんな不潔そうなところ触れますね、と半ば唖然としているのかもしれない。
「ねぇー。かおりぃ、りょーちんに、なにしたのぉ? りょーちん、放心状態みたいになってるよぉ」
 明日香が、涼子の肩越しに香織たちを見下ろして、不思議そうに訊いてくる。
「えっ? べつになにも酷いことは、してないよ。ただ、おしりを調べてるだけなんだけど」
 香織は、薄笑いの表情を作ってとぼけた。
 そっかそっか。あからさまに肛門を見られるのは、やっぱりショック大だよね。恥ずかしいを通り越して、人権とか、そういうものまで傷ついちゃったよね。今、南さんが、どんな顔してるのか拝見したいな……。
 対象の苦痛が大きければ大きいほど、こっちとしては、心身の昂ぶりが増してゆく。
 自分の下着をべたつかせる、妖しい快楽に浸っている只中であるが、きゃーっ、と無意味な嬌声を上げたくなるような奇妙な多幸感までもが、ふいに押し寄せてきた。





前章へ 次章へ

目次へ

小説のタイトル一覧へ


同性残酷記ご案内へ





Copyright (C) since 2008 同性残酷記 All Rights Reserved.