第十一章〜間隙


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第十一章〜間隙




 傾き始めた太陽の光が窓から射し込む、放課後の教室で、なんの大義名分も持ち合わせていない少女たちに強要され、南涼子は裸体を晒している。その不条理極まる恥辱に加え、新たに第三者の存在が点として浮かび上がったことで、涼子の精神と肉体は一段と厳しく蝕まれていた。
 きわどい三角関係は、いったい、どんな形に歪められていくのだろうか。平静でいられるはずのない、今の涼子の頭では、雲をつかむような話だった。ただただ、泥沼の不安感が胸の内を支配している。

「友達作る時には、心を開いて、大胆にアピールしないと駄目だよ。でも、このこと知ったら、滝沢さんも仲良くしてくれると思わない? だって南さんが、こんなに頑張ったんだもんね」
 体操着を両手に持って広げた吉永香織が、涼子に咥えさせた、赤い丸首の部分を見つめながら言う。その隣では、石野さゆりが、これ見よがしにデジタルカメラをもてあそんでいる。
「ばっちり写しておきましたよ、南先輩。この写真、滝沢先輩って人の机の中かげた箱に、そっと入れておいてあげましょうか?」
 この場で卒倒しそうになるのを、意識の源が、懸命に抑えている。今、自分の脚で立っていられるのが不思議なくらいだった。
 全裸のわたしが、意味不明な笑みの表情で、滝沢さんの体操着を咥えている写真……。
 それを目にした時の滝沢秋菜の感情を想像すると、血の気が引く。まず間違いなく、前代未聞の変態として、涼子への激しい嫌悪感を抱くだろう。しかも彼女は、涼子が好意を向け続けても手応えを掴めなかった、相性の合わない生徒なのだ。
 もし、そうなったとしたら、絶対に耐えられない……。滝沢さんと同じこの教室で、残りの高校生活を過ごすことなんて。
「凍りついちゃってるけど、大丈夫? 南さん……。今の写真に、何か問題があるっていうなら、あたしたち以外に見せたりしないって約束してあげる。その代わり、とぼけないで答えて。滝沢さんのこと、苦手なんでしょ?」
 香織の口調は、確信に満ちていた。
 言葉にならない声が、ぽつりと涼子の口から漏れる。肯定も否定もできない。この状況で何と言えばいいのか。頭の中では、むなしく思考が空回りしている。
 ふと、香織が小声で笑い、打って変わって妙に優しげな声で言いだした。
「苦手だけど、できれば仲良くなりたかったんだよね? そうだよね? べつに、恥ずかしいことでもなんでもないよ……」
 どことなく甘い誘惑のようにも聞こえたが、ぷつりと思考の糸が切れ、みるみると心が傾いていく。
「はい……。そうです」
 涼子は、こくりと頷いた。どちらにせよ、もう、ごまかせなかった、と思う。滝沢秋菜の件は、完全に見透かされているのだ。せめて、視覚に捉えられる恥部は隠したいという無意識が働いたためか、涼子は、思い出したように乳首と下腹部を両手で覆っていた。
「いやーん、りょーちんカワイィ……。そんな悩みがあったなーんてぇ。その子って、どんな感じの子なのぉー? あたし知らないからぁ、おし・え・てっ?」
 竹内明日香が顎をしゃくり、無邪気っぽいポーズを取る。
「えっ……。えっと……、わりと大人っぽい子で……、頭がいいんです」
 嫌味な質問にも、従順に答えだした涼子の様子に、少女たちが、くすくすとせせら笑う。
「南先輩……、必死こいて、その人と喋ってたらしいじゃないですか? なんて話しかけるんですか? たとえば」
 さゆりが、興味津々の顔で言った。
「べつに、ふつうに……。この問題の解き方わかる? とか、進路決まった? とか」
 ひとりだけ全裸の恥辱極まる状況下で、滑稽なことに、涼子は、日常の何気ないやりとりについて答えているのだった。
「うっわ、ウザ!」と、さゆりの吐き捨てるような突っ込み。
 なんとでも言え。もはや、年下の女による悪態すら、耳には入っても意識を素通りしていく。
 こいつ……。こいつだ……。主犯格である小柄な女の、にたにたとした顔貌を、一瞥する。今、涼子の全神経は、香織の真意を見極めるためだけにあった。精神力と知力を油に、ぎしぎしと無理なフル回転を続けている。
 わかるはずもない。たとえ知ったとしても、無駄なことだ。わたしは、何もできないのだから……。そんな心の声も響く。けれども、思いを巡らさずにはいられない。
 滝沢秋菜の体操着を用い、涼子に醜悪で変態的な行為をやらせた、あの写真は、現時点で、脅迫のネタとして握られている。認めたくないが、これは紛れもない現実である。しかし、本当にこれだけなのだろうか、という不安が拭えない。
 ひょっとすると、香織は、最終的にあの写真を、滝沢秋菜の手元へと送りつける気でいるかもしれない。当面の間は、写真をネタに涼子を脅しては愚弄し、脅しては辱め、そうして、下劣な嗜虐心を飽きるほどに満たした挙げ句に。
 その意味するところは、涼子に対する、高校生活からの閉め出し、社会的な抹殺を企図していることに他ならない。だとすれば、香織の悪意というのは、ほとんど殺意に等しいではないか、と感じる。テレビやインターネットから情報として伝わってくるような、凶悪な少年少女犯罪と、いったい、どこが違うというのか。

「南さん、じゃあ逆にさあ、滝沢さんは、あんたのことをどう思ってるのかなあ? もしかしたら、嫌いだったりするのかもよ? どう?」
 香織の問いに、ぴくりと反応してしまう。滝沢秋菜との記憶が、走馬灯のように脳裏をよぎった。
「わからないけど……、べつに、そんなことはないと思う……」
 涼子は、後ろめたい時のように、斜めに視線を落として言った。
 ふと、奇妙な気配を感じて、ちらりと目を上げると、香織の口もとには、舌なめずりでもしそうな笑みが浮かんでいた。気のせいか、明日香とさゆりも、何か意味ありげに笑いを堪えているように思える。
「そうだよねぇ! 変なこと訊いてごめんねっ……。南さんが、もっと心を開いてあげれば、滝沢さんと絶対に仲良くなれるよ。あたしたちが、そのお手伝いしてあ・げ・るっ」
 目鼻立ちのぱっとしない香織が、目もと口もとを派手に動かし、目一杯、皮肉を見せつけていた。後輩が、わざとらしい拍手で合いの手を入れる。
 そして再び、滝沢秋菜の体操着が、涼子の裸身に突きつけられる。
「はい、これ……。まず手始めに、これを股に挟んで……。だいじょーぶ、あたしの言うとおりにすれば、仲良くなれるから。保証する」
 何を言ってる……。この女は、何を言ってるんだ。香織の言葉を反芻しつつ、同時に、それを実行した時の自分の姿を思い浮かべてみる。涼子は、純白に赤い丸首の布地を茫然と見つめたまま、思わず息を呑んだ。
「あっ……、もしかして抵抗感じる? そっか。だって、南さんのま○こ汚いもんねっ。自分でも、よくわかってるんだ? じゃあさ、膝で挟んでよ。それならできるでしょ? ほらっ」
 香織は、気色ばむこともせず、余裕たっぷりの笑い顔で、こちらを直視していた。おそらく、さっきの写真のことを、死ぬほど気にしている涼子の心情を、しっかりと見抜いているのだろう。
 くそ……。無力感に打ちのめされた涼子は、なげやりに手を伸ばした。指に引っ掛けた体操着を下半身へと落としていき、太ももを合わせるようにして両膝で挟む。きっと、これもまた写真に残す気でいるのだ、と腹をくくった。
 けれども、三人は、にやにやと互いに顔を見合わせるばかりで、口を噤んでいる。
 
 両脚の皮膚に、つるつるとした布地の感触を感じながら、どのくらいの間、俯き固まっていただろうか。
 だんだん、涼子は、奇妙な錯覚を覚え始めていた。この光景を、体操着の持ち主である滝沢秋菜に、どこかで見られているような……。情けない。こんな情けないこと、絶対に滝沢さんには知られたくない。
 悪い妄想が膨らみ、なおさら心身を蝕む。そのせいもあって、とうとう沈黙に耐えきれなくなり、涼子は、意を決して訊いた。
「えっ……。なに、もういいの? これで……」
 目の合った香織は、とぼけるように鼻で笑った。
「ああ、ごめん。今、やるから、そのままでいて……。言っておくけど、滝沢さんのシャツ、手で取ったり、下に落としちゃ駄目だよ」
「ホントにやるんですか? 香織先輩……。なんか、あたし……、やりたいような、やりたくないような」
「今さら何言ってんの? だって、南さん、約束破って腋毛剃ってきちゃったじゃん。それに、肛門検査も拒否るし」
「あっ、そっかぁ」
 香織とさゆりは頷き合い、ふいに、こちらに詰め寄ってきた。
 やるって、なにを……。なんなの……。
「えっ、ちょっと、まって、まって! なに!?」
 涼子は慌てふためき、体操着を挟んだ不自由な両脚を、後ずさりするように、がたがたと動かしていた。しかし、死にもの狂いの抗議にも、二人は、まったく意に介さず、香織が真ん前に立ち、さゆりが背後へと回った。
「ほらぁー、せんぱーい。じっとしてて下さいよー。シャツを床に落としたら、おしりの穴の検査しますからねー」
 さゆりの手が、ぺたりと涼子の肩に触れ、ぞんざいに体を押してきた。とても年上の生徒に対する振る舞いとは思えないが、今は、それに腹立ちを感じる余裕すらない。
 その時、前にいる香織が、ふわりと体勢を低くし、立て膝になった。片手で覆っているだけの下腹部に、突然、香織の顔が迫ったので、反射的に腰を引きそうになるが、すんでのところで堪えた。後ろの後輩に向かって、剥きだしのおしりを突き出すことになるからだ。
 
 香織は、その感触を確かめるように、体操着を指先で撫で始めた。
「ちょっと、これ直さないと。滝沢さんのシャツ、ぐしゃぐしゃになっちゃてるじゃん……。南さん、一度、脚を放して。でも、その場からは動かないようにね」
 訳がわからず、涼子は、言われるままに脚の力を抜いた。
「あぁー……。本当だ……。駄目じゃないですか、せんぱーい。人のもの、しわくちゃにしたら」
 気づくと、背後の気配も、涼子の腰より下の位置にあった。
「えっ……、ねえ……、なんなの?」
 前後から至近距離で裸体を挟まれることほど、恥ずかしくて惨めなものはない。二人とも屈んでおり、その顔の高さを考えれば、なおさらだった。今、自分の体は恥の肉塊と化していて、恥ずべきところを晒しているのは無論のこと、恥の臭気までも漂わせているのだ。
 涼子は、その身悶えするような屈辱感に耐えながらも、足もとに落ちた体操着をいじくる、香織の手つきに、目を注いでいた。
 その時、香織が体操着の袖を摘んで、白い布地が、ぴんと張った。赤い丸首の部分が、上にくる。つまり、前後で二人が、引っ張っているのだ。
「さゆりっ。いくよ、せーの!」と香織。
 刹那、直感が脳裏に最悪の事態を描いたが、思考を巡らす間もなく、香織とさゆりは、勢いよく立ち上がると同時に、体操着を引き上げていた。
「そりゃっ!」とさゆり。
 赤い丸首の部分が、涼子の股間を直撃し、陰毛を擦って性器の肉にめり込んだ。電気ショックを加えられたかのように、びくりびくりと全身が痙攣する。肉体が受ける、有り得べからざる刺激に、人間としての理性が吹っ飛んだ。
「いやああぁぁぁ!」
 涼子は、噴き上がるような絶叫を発していた。
 前と後ろの女に局部を見られるのも構わず、大きく右脚を上げて体操着をまたぎ、ばたばたとその場から離れる。涼子の醜態に、三人の女は爆笑した。
 なによ今のは……。うそ……、信じられない。
 涼子は、放心状態に陥っていた。教室中に響く、少女たちの嘲り笑う声すら、単なる騒音にしか聞こえないが、今起きた、目を疑うような出来事は、網膜に焼きついている。
 滝沢さんの体操着、しかも首を通す部分が、わたしの、こんなところに食い込んだ……。ぼっと顔が熱くなる。ごめんね、という彼女への申し訳ない思いと、何があっても本人には知られたくないと願う気持ちとが、交互に頭をもたげていた。もちろん、後者のほうが、断然強大なのだが。

「南さーん、南さーん……。逃げちゃダメでしょー? まだ終わってないんだけどー」
 よほど可笑しいのか、吹きだすのを堪えているような香織の声が、耳に届く。
 吉永香織。あんたには、良心の欠片もないんだね……。腐りきった女だとわかっていたが、正直、これほどえげつない仕打ちを加えてくるとは、予想もしなかった。
「南さーん……。あたしたち、続きをやるために待ってんだから、早く戻ってきて、『これ』をまたいで立って。滝沢さんのシャツで……、その、汚い股を綺麗に拭いてあげる。心を開いて、仲良くなれるように・さっ」
 目を向けると、香織とさゆりが、体操着の両袖をそれぞれ手に持ち、低い位置でぴんと張っている。
 なによ……。どういうことよ、それ……。
 涼子は、彼女たちが、おいでおいでをするように揺らす体操着を見つめたまま、茫然と立ち尽くしていた。
 半ば思考能力の停止した頭の中とは裏腹に、心臓が、ドラムのように激しい鼓動を打ち始める。
 向かい合う香織とさゆりの間には、半袖の体操着の横幅分、人間がひとり入れるかどうかという間隙があり、そして、赤い丸首の部分は、ひどく不吉なことにも、ぴっしりと上にきていた。
 涼子は、奇声を上げそうになった。慌てて、そこから目を背ける。
 うそ……、うそよ……、信じられない。香織の狂気と底無しの悪意が伝わってきて、ぞっと戦慄が走った。
 この女は、人間じゃない。悪魔だ。人の面を被った悪魔だ。
 香織は、うろたえる涼子の姿を見て、優越感に満ちた笑みを浮かべている。
 いや、違う……。この女だって、紛れもなく人間じゃないか。そして、わたしと同じ、女子高生である。それどころか、クラスメイトだ。友達に気を遣ったり、些細なことで傷ついたりしながら、高校生活を送っているはずなのだ。
 もはや、あるかなきかの香織の人間としての良心を無理にでも信じ、それに縋りつくしか、残された道はない。涼子は、声を絞り出すようにして言い始めた。
「あ、あの……、吉永さん。ごめんなさい……。わたし、吉永さんが不愉快に思うようなこと、してたんだよね? 学校でも、けっこう調子に乗ってたとこ、あったと思うし……。わたしの、どんな行動が嫌だったのか、教えてもらえませんか? ちゃんと反省します。ですから……、もう、許してもらえませんか……。わたし、本当につらいんです。もう立ち直れないくらい、つらいです」
 香織は、歯を見せて笑った。
「なに言ってんの、南さん。誤解しないでよ。あたし、南さんのこと嫌いだなんて、一言も言ってないでしょ? 『これ』は、滝沢さんと友達になるための、秘訣みたいなもんだよ。南さんのために、やってあげるんだよ……。わかったら、こっちにおいで」
 聞き終わるが早いか、香織の言葉は無視し、訴える相手を変えた。
「竹内さんっ! わたし……、竹内さんのこと、マネージャーとして、仲間として、信用してたのに……、全部、騙されたんだって知って、すごい傷ついた……。もう、こんなことやめて……。もう気が済んだでしょう?」
 明日香は、小さく微笑んで小首を傾げ、考えるような仕草を取った。
 涼子は、同情を引きたい眼差しで、彼女を真っ直ぐに見つめていたが、答えたのは、またしても香織だった。
「往生際が悪いね、あんた……。だんだん、ムカついてくるんだけど。あんたのためにやってやるんだから、早く、こっちにこいよ。それとも、余計なお世話だって言うの? だったら、もう服着れば? その代わり、南さんが、滝沢さんのシャツ咥えて、チューチューしてた写真、あの子にも見れるように準備しておくけどね」
 世界の終わりのような絶望感に襲われ、涼子は、思わず両手で顔を覆っていた。
「あっ、泣いた……」とさゆり。
「りょーちん、ごめんねぇ……。香織もぉ、こう言ってるからぁー、一緒にぃ、がんばろー」
 頭の中で、現実逃避が始まっていたせいか、涙は流れなかった。
 涼子の魂は、もはや救いようのなくなった自身の肉体を見捨て、離脱していたのだ。
 教室のドアを通り抜け、校舎の窓から外に出ると、体育館に入り、コート上空をさまよう。本来であれば、今頃、部活用のTシャツにスパッツを着込んで、部員を率いて駆け回っているはずの、自分の肉体を探し求めて。
 
 しかし……。
 ほっぺたの感触を確かめながら、顔を撫で下ろし、涼子は瞼を開いた。
 やはり何も変わらず、悪意が服着て歩いているような女たちを前に、自分は、一糸まとわぬ姿で立ち尽くしており、そして、禍々しい拷問具へと変質した体操着の白い色が、目に飛び込んでくるのだった。
 こんなのおかしい、狂ってる……。もう教室を出て、家に帰ろう……。
 そう思いかけた時、突如として、滝沢秋菜の顔が、まざまざと脳裏に浮かび上がった。高校生にしては大人びた顔立ち。胸元で毛先の揺れるストレートヘア。涼しげで知性の深淵を感じさせる眼差し。
 ふと、その彼女が、机の中に入った一枚の写真を手に取ったところで、脳裏の情景は、めまぐるしく動きだした。
 彼女の理知的な眼差しには、軽蔑の火が宿り、涼子の席を鋭く睨みつける。所変わって、ひと気のない教室で、彼女は、怒りを露わに涼子を問い詰めている。あるいはまた、彼女は、クラスの友人たちにも、その写真を見せていた……。
 際限なく膨らんでいく悪夢の未来図を、涼子は打ち消した。汚辱の黒い染みが、周囲に飛び火する事態だけは、避けなくてはいけない。
 なにがあろうとも……。
 涼子は、両の拳をぎゅっと握りしめ、前に脚を踏みだした。一歩、また一歩と、香織とさゆりの作る、白い間隙へと進む。待ち構える少女たちは、無情にも、勝ち誇った薄笑いを張りつけている。

 そこに行き着くと、さゆりにおしりを向け、香織を見下ろす形で、涼子は、体操着をまたいで立った。
 すぐに、この場で静止していること自体、耐え難いと知る。肩幅ほどに開いた両脚が、立っているのもままならないくらい、わなわなと震え始めていた。
 太ももの内側に、ひんやりとした布地の感触が走り、ぞっとして下半身の筋肉がこわばる。もうすぐ、この体操着が、剥き出しの性器へと突き当てられるのだ。それを思うと、胃の中のものを吐き出しそうだった。涼子の震える裸体、精神の限界をさまよう有様を、少女たちは、好奇の目で眺めている。
 さながら、中世欧州で蔓延った、異端審問や魔女狩りにおける拷問のごとき様相を呈していた。今、涼子の胸の内にあるのは、拷問台に乗せられる女たちのそれにも似た、恐怖や絶望、そして悲しみなのだった。
 わたしは、まともな人間として、この教室を出ることは、できるのだろうか……。
「そこまで硬くならないでよ、南さん……。この目的は、滝沢さんと仲良くなることなんだから、まずはリラックスして、ちゃんと心を開かないとダメでしょっ……。ほらっ、緊張しなーい」
 香織は、愉悦にどっぷり浸っている様子で、涼子の裸出した肩といわず胸もとといわず、ぺたぺたと触れ始めた。
「そうですよー、せんぱーい。力を抜いてくださいよ……。あっ、すごい筋肉……。もしかして、筋肉付けすぎちゃったせいで、どうしても体に力が入って、リラックスできないとか?」
 あろうことか、後ろの後輩は、鍛え上げられた涼子の太ももを鷲づかみにし、その手応えを確かめているのだった。
 涼子は、裸体の最低限を隠した格好で背中を丸め、悶絶するような嫌悪感に耐え続ける。まさに、恥に塗れるだけの肉塊。少女たちの異常な嗜虐心を満たすためだけにある肉塊。
 
 香織の指先が、愛撫のように涼子の腹部を滑り、その手が止まる。
「どう? 少しは、カラダほぐれた? リラックスできそう?」
 この下劣な女を突き飛ばしてやりたいところだが、曖昧に首肯するしかない。
「あっ、はい……」
 すると、香織の視線が下がり、自分の下腹部に目を注ぐのがわかった。
「じゃあ始めるから、ま○こ押さえてる手をどかして。見えなくしてると、あたしの手もとがくるって、シャツが、『われめ』の中まで食い込んじゃっても知らないよ」
 人を人として、女を女として扱わぬ物言いで、ついに宣告を言い渡された。
 やにわに、体の内側から胸を叩かれるような、激しい悲しみに襲われる。他人の前で、これほど泣きたいと感じたことはない。
 涼子は、股間を覆っていた右手をおそるおそる横にずらし、女の黒い聖域を晒した。それをしかと見届けた香織は、涼子を挟んで反対にいる後輩に、手で小さく合図を送る。
 身構えるように涼子は息を止めた。
 間もなく、前後でぴんと張られた体操着が、突き上げられるようにして、性器の肉に接触した。
 最初の瞬間、全身がびくりと痙攣した。直前に、小さな覚悟が芽生えていたためだろう、先程のように無様な奇声を発することはなかった。
 香織とさゆりが、阿吽の呼吸でゆっくりと手を動かし始め、体操着の布地が、ぼってりとした性器の表面を撫でるようにして、涼子の股間を前後に行き来する。
 今、自分は、滝沢秋菜への波及を防ぐ代わりとして、彼女の衣類に、汚辱の黒い染みをべったりと擦りつけているのだ。紛れもない実状であるが、可能な限り、それを意識しないようにする。
 性器への刺激自体は、想像以上でも以下でもない……。いや、そう自分自身に言い聞かせて鼓舞しなければ、精神が崩壊し、発狂してしまいそうなだけかもしれないが。かちかちと鳴りだした奥歯を食いしばり、裸身を締めつけるようにして、ひたすら辱めに耐える。涼子の筋骨隆々とした下半身は、今、見るも無惨に震えており、脚を踏ん張り直すたび、大きなおしりの肉がぶるぶると卑猥に揺れていた。
 
 ふしし、とさゆりが笑って呟く。
「毛の音が……、じょりじょりいってる……」
 後輩の露骨な指摘のとおり、肉厚な大陰唇を覆い尽くす陰毛と、前後に往復する体操着とが摩擦し、ざらついた微音が股の下から聞こえてくる。少女たちに一斉に聞き耳を立てられ、涼子は、羞恥心をより一層煽られるのだった。
「ねえねえ、南さん……。ちょっとは自分のま○このほう、見てみなって。滝沢さんのシャツなんだよ、これ……。滝沢さん、このこと知ったら、どうするかな? 友達になってくれるかな?」
 香織の嫌味には、ある程度の耐性がついていたが、くだんのクラスメイトの名前を聞くと、否が応でも、まともに反応してしまう自分がいる。
 見るべきでない光景だった。滝沢秋菜の体操着の赤い丸首の部分は、見事なまでに、涼子のもっさりとした陰毛群の中に埋まっていた。前の香織が、ゆっくりと腕を引き、体操着が前方に移動すると、黒々とした陰毛が藻のように揺らぎながら、丸首の赤いラインが股間から覗きだす。
 いやだ……、きたない……。これ、滝沢さんが着るものなのに。しかも、首を通すところなのに。こんなこと、本人には絶対に知られたくない。もしもバレたら、わたしは生きていけない……。
 目を逸らすが、身の毛がよだつような光景は、脳裏にこびり付いて消えなかった。すると、少しでも性器を体操着から離そうという無意識の表出なのか、涼子の裸体は、ほとんどつま先立ちになっていた。下半身に力が入りすぎて、ふくらはぎの筋肉が浮き上がり、おしりの割れ目までもが、接着したように、ぴたりと閉じ合わさっている。
 むろん、それが無意味だということに、涼子自身、理性では気づいていた。涼子の肉体が、激烈な反応を示しているので、香織とさゆりは、大変満足した様子を見せ、そうして、わずかに上昇しただけの股間へ、体操着を引き上げるだけなのだった。
 執拗かつ無情に、性器に布地が当てられ、涼子は、どっと絶望感に襲われた。
 滝沢さんの……。どうしよう……。わたしの、こんなところの汚れが付いた体操着なんて、あの子に着せられない、着てほしくない。
 無様だった。踵が浮いて体勢が不安定なため、ますます震える涼子の裸体には、もはや、バイタリティー溢れる普段の面影はなく、まるで釣り上げられてのたうち回る魚類のように無様だった。
「ほらっ! せんぱーい。また力が入ってますよぉ。なに、そんなにケツ引き締めてるんですかぁ? リラックスしないと!」
 さゆりは、性根の腐り加減を露わにし、年上の女の裸出したおしりを、容赦なく平手で打った。飛び上がりそうな驚愕に、涼子は、思わず低い悲鳴を上げていた。
 長らく眺めていただけの明日香が、笛の音のような笑い声を立てると、それが呼び水となり、少女たちの哄笑が起こる。
 くそ……。『ソ』の音が、涼子の唇から微かに漏れた。






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