第十二章〜慟哭


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第十二章〜慟哭




 少女たちのきんきんとした笑い声は、しばらく続いた。
 いったい、何がそんなに可笑しいのと、真剣に問い質したくなる時がある。その答えについては、もはや、嫌というほど思い知らされてきたはずなのに。
 つまり、南涼子は、未だに戸惑いを禁じ得ないのだった。想像も及ばぬほどの悪意を持った人間が、同じ高校に在籍しており、今、自分が、その者たちに取り囲まれているという現実に。
 股の下で揺れる体操着が、再び、剥き出しの股間に宛がわれる。
「どう? 南さん……。これって、いいアイディアでしょ? なんて言うか、滝沢さんに対してさ、大胆に、すべてをさらけ出した気持ちになって、明日っからは、なんでも打ち解けて話せるようになるんじゃないかな?」
 吉永香織は、哄笑の余韻に浸っているような、うっとりとした顔で言った。
 ふざけきった嫌味なのに、またしても心を揺さぶられてしまう自分がいるのだった。
 陰毛をくすぐるように恥部と触れ合う、クラスメイトの体操着。
 滝沢さん……。もう、あの子に話しかけることなんて、後ろめたくて、できっこない……。それどころか、教室で、顔を合わせることも恥ずかしい……。
「そんなふうには……、あんまり、思わないです」
 涼子は、消え入りそうな声で、うやむやに答えるしかなかった。
「ええ……? なんか、ちょっと残念……。効果がなかったなんて」
 なにやら、香織は、おもむろに涼子の右肘をつかんできた。そして、目を細め、ささやくような声で言葉を継いだ。
「じゃあさ、こうしたら、どう?」
 次の瞬間、脳裏に火花が散り、意識が飛びそうになった。
「はあぅ……!」
 思わず奇声を発し、息が止まる。
 うそ……、いや。これって……。
 目で確認するまでもない。今、体操着の布地が、陰唇もろとも性器の割れ目に食い込んでおり、その上部にある、針のように鋭敏な神経が、ぎりぎりと圧迫を受けているのだ。それは、思春期の女としては、当然のこと、身に覚えのある感覚である。
 なんで……、なんで学校内で、こんなことされなきゃいけないの……。裸出した全身の肌が、ぷつぷつと粟立っていくのを感じる。
 涼子は、愕然として、その行為を行っている女の顔を見下ろした。怖ろしい形相だった。香織は、目を見開いて涼子の顔を凝視している。まるで獲物を狙う爬虫類のような、ぎらぎらとした眼光を湛え、口もとは、不敵な薄笑いに歪んでいるのだった。
「明日香、明日香、ほらっ! 南さんの体、押さえて!」
 香織が、興奮した口調で呼びかける。
 すぐさま、竹内明日香が、はしゃぎながら涼子の裸体に飛びついた。明日香は、恋人同士のように腕を絡ませてきたかと思うと、汚い笑い声を上げた。
「いやぁすごぉーい。ま○こにぃシャツがっ、おもいっきり食い込んでるぅ……!」
 もっさりと陰毛に包まれた涼子の秘部。今、その中心に、あるまじきことに他人の衣類が、深々と入り込んでいる。しかも、持ち主は、涼子が苦手意識を持っている女子生徒なのだ。
 明日香の小悪魔みたいな眼差しが、涼子の横顔に向けられる。
「きもちぃー? りょーちん、きもちぃい?」
 その言葉を聞いて、目の前が暗くなった。剥き出しの恥部に食い込む布地の刺激は、当然、時と場合によれば、女としての官能を呼び起こす類のものである。
 涼子は、取り乱して半狂乱に叫んだ。
「いやだっ! ちょっと放してよ!」
 明日香の腕を振り切ろうとしたが、彼女は、体重を掛けてしがみついており、腕から離れない。
「いー・やー・だー……」
 ふてぶてしさ全開に言い、明日香は、ぷくりと頬を膨らます。どうやら、何があろうと逃れられないよう、この間隙に、涼子の肉体を釘付けにしておくつもりらしい。
 対して、実力行使の封じられている涼子には、明日香を睨みつけることくらいしかできないのだった。
「うっわぁ……。なんか、南せんぱい、すごい鳥肌立ててる……。気持ちわるーい」
 後ろの石野さゆりが、苦手な虫でも見ているかのように言い、右腕を押さえる明日香は、くすぐったそうな声で笑った。

「ねえ、もう、おかしいでしょう……? こんなことして、なんのつもりなの……」
 涼子は、声を絞り出し、主犯格の小柄な女に問うた。
 すると香織は、ふっと笑った。
「だって、南さんが言ったんじゃん。『これ』にあんまり効果を感じないって。滝沢さんのこと、苦手に思う気持ち、まだ克服できないんでしょ? だから、効果が出るように、刺激を強くしてあげてんの……」
 涼子は、言葉を失った。
「こうしてみたら、効果が出るかな……? 南さん、どう?」
 香織は、小声で言いながら、涼子の股間に食い込んだ体操着を、出し抜けに引っ張り上げた。
 いきむような呻き声を、涼子は発していた。
 あろうことか、香織の側に引かれた体操着の動きに応じて、今度は、背後のさゆりが、それを引っ張り返した。ほどなく、股間の割れ目に沿って、体操着の布地が前後に往復し始める。
「ちょっ、ちょっ……、ちょっと、やめて……」
 思考はめちゃくちゃに混乱し、涼子は、命乞いさながらに哀願する。
「やめて、じゃないでしょ……。どうなの、ねえ? 滝沢さんと、明日っから仲良くなれそうなの? あたしは、それが知りたいの。答えて、南さん」
 気が遠くなるほど馬鹿げた問いかけである。しかし、今はもう、質問の意図がなんであれ、香織の意に沿うように答えざるをえない。
「うん、できそう……。うん、わたし、滝沢さんと友達になるっ……」
 涼子は、誠意と熱意を示すように、何度も頷いていた。必死の形相で大嘘を吐く自分の顔は、どれほど醜いものだろうか。そんな思いが、かすかに脳裏をよぎる。
 香織は、にやりと笑った。
「それじゃあ、その意気込みを見せてもらいたいな……。南さん、今ここで、大声で、『滝沢さん、友達になってー!』って言ってみて。部活の時みたいな、大声でね」
 もう開いた口が塞がらない。
 その気色の悪い台詞を、大声で叫んだとしたら、それは狂人のごとき醜態である。自我崩壊の危機に瀕しているとはいえ、そんな自分の姿は、想像するのも忌まわしい。
 それに何より、滝沢秋菜の顔が、どうしても目の前にちらつくのだ。この場に本人がいないとはいっても、背筋の引きつるような後ろめたさを感じてしまう。
「どうしたの? 心を開いたなら、言えるでしょう? それとも、やっぱり駄目? 滝沢さんのこと、苦手なの?」
 息づかいが、長距離走のさなかのように荒くなっている。
 いつしか、涼子は、つま先立ちで伸び上がっていたのとは真逆に、腰を落として脚を踏ん張っていた。気の狂いそうな性感帯への刺激が、涼子の体勢を、自ずとそうさせたのだった。
 がたがたと震える両膝を内側に曲げ、おしりを後ろに突き出すようにして、醜悪極まることに、全身が『く』の字の格好になっている。そのため、真後ろに立つ後輩からは、『検査』を免れていた肛門までもが、丸見えの状態なのだった。
 もはや、この場にいないクラスメイトの存在など、気にしてはいられない。
「滝沢さんっ、友達になってぇっ!」
 涼子は、吐き出すような思いで叫んだ。
 言ってしまった……。かっこわるい……。死んでも本人には聞かれたくない台詞である。
 ところが、三人は、失笑を漏らしながらも、不満げな、ええーという声を口々に出している。
「なんか……、南さん、まだ言い方に、照れ、があるよね? 声もあんまり大きくないし……。やっぱりまだ、心が開けてないんだ?」
 能面のような冷たい笑みを張りつけた香織は、いきなり、ぐいっと体操着を引き上げた。
 柔らかな性器の割れ目に、よりきつく体操着が食い込み、続いて、陰核に仮借のない摩擦が走った。アスリートとして鍛え上げられた涼子の肢体が、家畜の断末魔のごとく、無様に跳ね上がる。
 涼子の頭の中で、何かが弾けて消えた。それは、女としての最後の矜持かもしれなかった。
「たきざわさん! トモダチに! なってぇー!」
 目を剥いて宙を見上げ、口の両端から唾を飛ばしながら、とても思春期の女にはそぐわない、獣のような野太い怒鳴り声を発し、教室中に轟かせる。窓ガラスが振動するほどの声量だった。もしかすると、部活動で学校に残っている生徒たちの中には、聞こえた者もいるかもしれない。
 束の間、打って変わって妙な静寂に包まれた。
 聞こえるのは、涼子のせわしない喘ぎ声だけだった。少女たちも、女子高生離れした大音声に、びっくりしたような表情をしている。
 だが、互いに顔を見合わせ、誰からともなく笑い声を漏らすと、たちまち、大爆笑の渦へと発展した。少女たちは、顔をくしゃくしゃにして下品な声で笑い、身をよじったり、腹を抱えたりしている。
「『たきざわさーん、すきぃー』って言ってぇ、りょーちん。今くらいの声で」
 腕を絡ませたままの明日香が悪乗りして、さらなる要求をしてくる。
 もうやけくそだった。この場から逃れたい一心で、涼子は、思いっきり息を吸い込む。
「たきざわさんっ! すきぃー!」
 一糸まとわぬ姿の涼子が、若々しい乳房の肉をぷるぷると震わせながら、ロックスターよろしく絶叫する。
 見るも無惨な醜態に、少女たちは、耳をつんざくような金切り声を上げて抱腹絶倒した。
 涼子はひとり、裸出した体中に、恥辱という泥水をひっかぶった思いで、わなわなと打ち震えていた。
 これで気がすんだでしょ……。もうやめてよ……。
「引く……。変態。レズだ。リアルレズ……」
 涼子の悲惨な後ろ姿に向かって、さゆりは毒づく。
「南さん、今の言葉、結構、マジで言ったでしょ? 本当は、滝沢さんのこと好きだから、どうしても、友達になりたかったんじゃないのぉ?」
 香織の低レベルすぎる発言に、涼子は、溜め息を隠そうとはしなかった。もう、当たり障りのない言葉を返す気力さえ、残っていない。
 しかし、香織は、涼子に対してだけは、容赦というものを知らないのだった。返事を促すかのように、またも、涼子の股間を目がけて体操着を引き上げた。今度は、ぼってりとした大陰唇の肉をこねくり回すかのように、ぐいぐいと布地を擦りつけてくる。
「うっ……、やぁっ……」
 もう言葉にもならない小さな涙声が、喉元から漏れる。胸の内には、無限の絶望感が押し寄せていた。
 涼子が、プライドをかなぐり捨てて狂態を演じたというのに、なおも香織は、この間隙から、涼子の肉体を解放しようとしないのだ。
「黙ってるってことは、もしかして図星? 滝沢さんに、惚れちゃってるの?」
 香織の吊り上がり気味の双眸が三白眼になり、濁った光が宿っている。
 恐ろしく下卑たその表情を見ていると、涼子は、またしても言い様のない戸惑いを覚えた。
 いったい、あんたは何が目的なの。これ以上、何をしろというの。
 下腹部への責めは、執拗を極めている。まさか、と思う。涼子の脳裏に、ぼんやりと浮かぶものがあった。それは、涼子にとっては馴染みの薄い、オーガズムに関するイメージだった。
 まさか、この女は、涼子の肉体を性的絶頂へと向かわせようとしているのではないか。想像するのも憚られるような、何らかのいかがわしい反応を、涼子が示すことを期待して。
 心胆を寒からしめられる思いがする。穢らわしい。変態。ありえない。
 たとえ、裸の体に何をされようとも、この女たちの見ている前で、性的な快感を覚えることなど、絶対にありえない。確信できる。

「りょーちん、ホントは、ま○こ気持ちいいんでしょ」
 明日香が、じっとこちらを見つめている。
 涼子は、目を逸らし、無視を決め込むことにした。
 しかし、明日香のひんやりとした細い指先に、乳房をそっと撫でられると、ぞわぞわと悪寒が走った。体の下のほうでは恥部をなぶられているが、直に手で触れられるというのは、本質的に感覚が異なる。
「シカトすんなよぉー。あたしたちぃ、トモダチでしょー? おいっ、おいっ」
 明日香は、悪気のないような仕草で、乳房をぷにぷにとつつき始めた。
 くそ……。歯を食いしばって嫌悪感に耐える涼子の様子に、明日香は、あの笛の音のような声で笑った。
 そして、ふいに、無防備に晒していた乳首に、明日香の人差し指が、ぴたっと当てられた。涼子は、ぎょっとして息を呑んだ。
「おーい……」
 明日香は、涼子の乳首に向かって呼びかけるようにしながら、その人差し指を押し込みだしたのだった。
 涼子の乳房は、極上の量感と柔らかさを呈し、吸い込まれるように乳首が肉の中に埋もれていく。性感帯の突起に加えられる、やるせない刺激が、体中を駆け巡っていた。
 五臓六腑が煮えくり返るような恥辱と憤怒。もう耐えられない。爆発寸前のその時、涼子は、雄叫びにも似た唸り声を上げていた。
「いい加減にしてよ! この変態!」
 激しい怒号と共に、全力で右腕を振り払うと、明日香の軽い体は、一溜まりもなく吹っ飛んだ。派手な音を立てて、近くの机にぶつかる。きゃっ、という、いかにも女子高生らしい、甲高い悲鳴が上がった。
 しまった、と涼子は密かに思う。手加減というものを、完全に忘れていた。むろん、実力行使に出て問題がないのなら、顔が腫れ上がるほど殴ったとしても、生ぬるい。しかし、今、そういった手段を取ったとしたら、その先に待っているのは、高校生活、いや、人生の暗転なのだ。
「可哀想……、明日香……。サイテーだね、暴力振るうなんて」
 香織が言うが、その口調には、さっきまでの余裕がない。きっと、小心者の香織は、策略によって封じ込めたはずの涼子のパワーを、目の前で見せつけられ、にわかに不安を感じ始めたのだろう。体操着を操る手も、止まっている。
 明日香は、腰をしたたかに打ったらしく、しきりにさすっている最中だった。
「いたぁーぃ……」
 今にも泣き出しそうな弱々しい声で言う。なんであたしがこんな目に遭わないといけないのよ、とでもいう風情で、唇を尖らせているのだった。
 だが、彼女の視線が涼子に向けられた時、その眼差しには、まざまざと怒りの炎が宿っていた。そして舌打ちする。
「ムカつく!」
 明日香は、そう吐き捨て、つかつかとこちらに迫ってくる。涼子は、間隙を脱する機会を、すっかり逸していた。
「なんでっ、あたしにぃ、暴力振るうわけ!? 香織とさゆりのほうがぁ、ずっとひどいことやってんじゃん!」
 意外にも、頭に血を上らせた明日香が、まず口にしたのは、自分が反撃を喰らったことに対する不公平感だった。その物言いからして、明日香の『仲間意識』の薄っぺらさが、透けて見える気がした。だが、それはどうでもいい。虫酸が走るのは、常識どころか知能すら疑いたくなるような、その身勝手さだ。
 まるで体だけ大きくなった幼稚園児のような女、それが竹内明日香なのだ。
 直感が、涼子に告げていた。今、乱暴したことを謝るなどして、弱腰になったら、相手をつけ上がらせるだけで、逆効果にしかならないだろう。間違いなく、自分は、さらに悪い状況に追い込まれる。
 もう引き返さない。たとえ膂力に訴えることが許されなくとも、出来る限り、毅然とした態度で立ち向かうべきだ。
「ふざけないで……。あんた、自分が何をやってたか、わかってんでしょ!?」
 涼子は勇を鼓して、舌鋒鋭く言い切った。
 今、人形のような明日香の美貌の眉間には、皺が刻まれている。校則で禁止されている、茶髪のパーマ。セーラー服から伸びる、色白で華奢な手脚。
 その気になれば、あんたなんか、今みたいに片腕でもぶっ飛ばせるんだから……。そんなメッセージを込めて、涼子も睨みつける。願わくば、涼子の気迫に負けて、明日香が引き下がることを。
「なーにぃ? なんでっ逆ギレしてんのぉ? あたしぃ、体ぶつけてぇ、痛かったんだけどー」
 期待は脆くも崩れ去り、明日香は臆面もなく、涼子の髪をつかんできた。女の殴り合いさながらに髪の毛を引っ張られ、頭が反り返りそうになる。
 あの天然のおちゃらけぶりから一変し、今、明日香は、剥き出しの悪意をぶつけてきている。もはや、『豹変』という言葉が似つかわしいかもしれない。正直、想像以上の攻撃性だったが、涼子も、ここで怯むわけにはいかなかった。
「ちょっと……、やめてよ……」
 涼子は、持ち前のアルトヴォイスを駆使し、あえて言葉少なに言った。
 二人の視線が、火花を散らす。
 しかし、この勝負、涼子のほうは、重すぎるハンデを背負わされている。いや、認めたくないが、実際には、勝負にすらなっていないのかもしれない。怖いもの知らずの明日香に対し、涼子は、平手打ちの一つも返せないのだ。何よりも、ひとりだけ全裸の恥辱極まる状況では、自分への自信すら、持ちようがないではないか。
 明日香の射るような視線を受け止めているものの、涼子の心は、早くも揺らいでいた。正面切って刃向かってしまった後悔の念が、ふつふつと湧いてくる。
「ああーそー……。あやまる気ないんだぁ? こいつムカつく!」
 非情極まりないことに、明日香は、いきなり涼子の乳首を抓んで、ぎゅっと力を入れた。
 ずきりと痛みが走ったとたん、束の間の反抗心は、完全にへし折られた。わずかな期待は、破滅的なまでの失望に変わる。
「もおぉぉー、いやあぁぁー!」
 涼子は涙声で叫び、激しく身を揺さぶった。
 枯れ果ててしまったかのように涙は流れないが、魂は慟哭し、じっとしていることができない。見苦しさも忘れ、涼子は、両脚で地団駄を踏んでいた。その動きに合わせ、乳房や臀部の肉が荒々しく震える様が、涼子の無様な姿を、一層救いのないものにしていた。
 と、その時、臀部に何かがぶつかる感触があり、涼子は、ぴたりと体を止めた。しまった、と思う。
「ああー。きたなーい。せんぱいが暴れたせいで、おしり触っちゃったあ」
 真後ろに立っているさゆりが、どろどろした低い声でそう言った。
 この狭い間隙で、不注意に後退したため、涼子の巨大な臀部の肉が載っかるような形で、体操着を持つさゆりの手の甲に接触したのだ。肛門には達しなかったものの、かなり際どい部分にめり込んでいた。嫌な感触が、生々しくおしりに残っている。
 偶発的とはいえ、自分の不潔な部分に触られた屈辱感。だが、さゆりのほうも、その言葉通り、汚いという不快感は、実際に持っているだろう。
「……ごめんね」
 情けなくも、涼子は肩越しに謝っていた。むろん、自分に非があるとは、少しも思っていない。だが、涼子が折れない限り、さゆりは、ねちねちと聞くに堪えない嫌味を言い続けるに違いなかった。要するに、もう、この件には突っ込まれたくなかったのだ。
 しかし、一度火のついたものは、なかなか消えてくれない。
 背中に、何度も、その手を擦りつけられる。目に見える汚れが付着しているとでも言いたげな、邪険な手つきで。
「汚いんですよ、せんぱーい……。あの、一つ、訊いていいですか? トイレでした後、ちゃんと、おしり綺麗に拭いてます?」
 えっ……、と思わず涼子は、微かな声を漏らしていた。
 排泄に絡んだ体の不潔さ。それはある意味、人間にとって、もっとも隠したく、触れられたくない事柄である。さゆりは、そういった部分をほじくるような質問をしてきたのだ。さゆりという後輩の陰湿さを、文字通り肌で感じさせられ、涼子は、背筋のうそ寒くなる思いがした。
 そして、この話の流れには、なんとも言い様のない、不吉な匂いが漂っていた。
「なんでこんなこと、訊くかって言いますとねえ……、先輩のおしりの穴、毛もすごいし、見るからに汚れてそうなんですよ。もう勘弁してってくらい。だから……、触っちゃったこと、ちょっと心配になって……」
 心の底に、涙のしずくが、ぽたりと落ちていった。恥ずかしいとか、傷つくというよりも、なんだか、自分の体のことを指摘された言葉だとは、とても信じられない思いだった。
 意識しちゃだめ……。聞いたことは忘れろ……。
「どーれぇ、どーれぇ、そんなにヤバいのぉ?」
 明日香がそう言い出した時、涼子は、さすがに自分の運命を呪った。真横に立っている彼女は、ぞんざいな手つきで涼子の右腕をつかんだ。
「うごくぅなっ……」と、いつになく険のある声で釘を刺される。
 涼子に対する怒りが収まらないらしい、有無を言わせぬ態度だった。明日香は腰を屈めると、もう片方の手を、涼子の臀部へすっと伸ばした。
 ちょっといやだ……。泣きたくなるほど屈辱的なのに、涼子は動けなかった。ひとえに、もうこれ以上、明日香の機嫌を損ねるのが怖かったからである。
 弱虫で惨めなわたし……。
 浅黒いおしりの肌に、ほっそりとした色白の手が張りつく。数本の指が、割れ目に差し込まれた瞬間、涼子は、その皮膚感覚のおぞましさに、全身の産毛がびっしりと逆立っていくのを感じた。
 割れ目に引っ掛けられた指が、おしりの片側の肉を歪ませながら横に押し広げる。
 明日香は、そこを上から覗き込んでいた。もはや、大便の出る排泄器官を、その視線から遮るものは、何もない。肉の谷間に張りつく夥しい縮れ毛が、明日香の指先に触れそうになっていた。
「きったねぇ……、ミ・ナ・ミ……、きったねぇ……」
 明日香は、初めて涼子の名を呼び捨てにし、悪罵をぶつけた。
 震える体をぎゅっと抱いて、涼子は、この最大級の人権蹂躙に耐えた。赤面する顔とは裏腹に、裸の体は、血が凍ってしまったかのように冷たくなっている。

「そうだ、先輩……。いいこと考えた……。先輩のおしりの穴、汚いですから、このシャツで拭かせてもらいましょうよ? そうすれば、滝沢先輩に、もっと心も開けると思いますし……。一石二鳥、みたいな……」
 耳を疑う言葉だったが、涼子は、とっさに左手でおしりの深部をふさぎ、泡を食って後輩を振り向いた。
「やめて! お願いだから、やめて!」
 目をしばたたき、彼女を見つめる。
 その容姿は、何の変哲もない、一学年下の女子生徒。どちらかといえば美人の部類に入るかもしれないが、印象が薄く、廊下で何度すれ違っても、顔を憶えられないような。
 彼女は、ごまかすような笑いを見せた。
「いい! さゆり、それ、すごいいい案! やって、さゆり!」
 香織が歓喜し、後輩の邪知を褒めちぎる。
「ほらっ、南さん……。なんで手で隠してんの? さゆりに、ケツの穴まで拭いてもらいなって。それとも、この期に及んで、まだ、滝沢さんのことが苦手なわけ?」
 今は、香織の言葉など、いちいち気にしていられない。涼子の視線は、意味不明な薄笑いを浮かべる後輩に吸いつけられていた。
 冗談ではなく、本気で言ったのだろうか。絶対に、されたくない……。体のもっとも不潔な部分に、クラスメイトの衣類を擦りつけられるなんて。
「あの……、待って。わたしだけじゃないのっ。滝沢さんっていう、あなたの知らない先輩に、迷惑……、っていうか、すごい嫌な思いさせちゃうから言ってんの。そんなことするの、おかしいって、普通に考えれば、わかるでしょう?」
 もはや、支離滅裂な訴えにしかならなかったが、涼子は、それでも一縷の望みを託していた。さゆりは、なぜか、はにかんだように視線を床に落とした。
 しかし、涼子のやることなすこと、すべてに苛々している風情の明日香が、ここで黙っているわけがなかった。明日香は、急にヒステリックな声を上げ、涼子の肩を乱暴につかんできた。
「もぉーう! うぜぇーんだよ! ごちゃごちゃ、言い訳してんじゃねぇーよっ。ケツを拭くのは、オ・マ・エの問題なんだよっ。タキザワさんとか、なぁに、人のせいにしようとしてんのぉ!?」
 涼子は、無理やり前に向き直らされると、おしりを押さえていた左手を、目障りなもののように打ち払われた。続いて明日香は、涼子の右腕を捕らえることを忘れなかった。
 再び、涼子の肉体は、香織とさゆりの作る間隙に、物理的にも釘付けにされることとなったのだ。
 やり場の無くなった左手で、そっとおしりに触れる。うそ……。いや……。涼子は、何らかの奇蹟に救いを求めるような思いで、宙を仰いだ。
 完全に背を向けてから間もなく、さゆりの低い笑い声が聞こえた気がした。
 次の瞬間、前後に張られた体操着の布地が、涼子の股間に打ち当てられる。香織ではなく、さゆりの主導で、そのまま、さらに後方へと引き上げられていく。肛門に重点的に当てるべく、体操着の角度を調整しているらしいことがわかる。
 石野さゆり。後ろに立つ後輩の性根は腐りきっており、腐臭すら発している。
 『拭く』と言った、その言葉通り、まるで大便の残滓をこびり付けようとしているかのように、年上の女の肛門に、体操着を擦りつけてくるのだった。
 精神に異常を来してしまいそうな汚辱感。家畜のような存在に堕ちていく悲しみ。
「うぅ……。いやぁ……。もういやぁ……」
 涼子は、顔を歪めながら、うわごとのように呟いていた。
 明日香が、涼子の横顔と、蹂躙される臀部とを見比べ、ふんと鼻で笑った。涼子の乱暴によって背中を打つ羽目になった、その怒りの、十分の一くらいは、これで収まったのかもしれない。そんな残忍そうな冷たい微笑を、彼女は口もとに滲ませているのだ。
 少女たちの加虐心は、止まる所を知らない。
 香織のほうも、後輩に負けじと、競って体操着を引っ張り上げる。涼子の股間の、前部から後部にまで食い込んだ体操着は、Uの字を描くように動き始めた。
 哀しげな遠吠えのような、気味の悪い奇声が、耳朶をかすめている。その声音が、自分の喉元から発せられていると気づいた時、涼子は、漠然と感じた。この日、この場で起こった出来事の後遺症に、わたしは、一生、苦しめられるかもしれない。
 恥部の割れ目にめり込んだ体操着に、陰核を刺激されると、鋭い電流のようなものが肉体を貫き、脳髄が麻痺を起こす。その余波が、峻烈な恥辱へと変わる。かと思えば、肛門に布地を擦りつけられ、人間性というものをこそぎ落とされていく。
 果てしなく続く拷問。限界を超えた苦痛に、冷や汗とも脂汗ともつかぬものが、全身の毛穴から噴き出していく感覚があった。
 涼子の下腹部を眺めている香織が、くつくつと笑って言う。
「南さーん……。ちょっとは自分のま○こ、直視しなって。すごいことになってるから。もうこれは、滝沢さんと親友になるしかないってぇ……。むしろ、親友じゃなかったら、許されないっていう感じだけど」
 明日香が、涼子の後頭部に手を宛がい、強引に頭を押し下げる。
 滝沢秋菜の体操着は、肉厚の大陰唇を押し分けるようにして、見事なまでに、深々と割れ目の中に食い込んでいた。ぐいっと体操着を前に引かれると、陰毛の茂る恥丘の肉がぶるぶると震え、そうして、埋まっていた赤い丸首の部分が、涼子の股間から現れるのだ。
 吐き気を催すほど不潔な光景の中で、見え隠れする赤い色が、浮き立って目に映るようになった。すると突如として、その赤い色に、持ち主である滝沢秋菜の涼しげな顔貌が、オーバーラップした。
 彼女の顔が、涼子の股間の下にある……。彼女が、じっと涼子を見つめている……。
 否が応でも、後ろめたい感情にどっと襲われてしまう。
 滝沢さん……。ごめん……。わたしが情けないせいで、こんなふうに、あなたのものを汚すことになっちゃって、ほんとうにごめん……。
 下腹部から脊髄を這い上ってくる性的な刺激に、救いのない罪悪感が絡みついて合わさり、それは、どす黒い不快感となって全身の神経を広がっていくのだった。

「ちょっとぉ! おしり、こっちに突き出さないで下さいよ! きったない……。次、さっきみたいに、おしりでぶつかってきたら、一個上とか関係なく、あたしも怒りますよ」
 事実、再び腰を引きだした涼子の臀部が、さゆりの体に迫りつつあった。だが、後輩の罵倒が耳に入っていても、もはや、この醜悪な格好を恥じらっている場合ではないのだった。
「さゆりがぁ、嫌がってんだからぁ……、ちゃーんと立ちなよっ。汚いってよっ……」
 未だ不機嫌な表情の明日香が、涼子の右腕を抱え上げ、背筋を伸ばさせようとする。
 だが、涼子は、唸り声と共に、右腕を脇に引いた。
 たちまち、明日香の眼差しが険悪になる。
「はぁ? なにぃ、その態度……。ムカつく……。オ・マ・エのからだ、きったねぇし、くせぇーし、ふけぇつなんだよ……。みんなっ、触りたくないって言ってんのぉ!」
 裸になっている同い年の同性を、もっとも傷つけるような言葉を、明日香は、腹立ちに任せて並べ立てた。だが、涼子が無反応でいると、それが、なおさら癇に障ったらしい。
「ねぇー……。オマエさぁー、部活やってるときぃ、じぶんがキャプテンでぇ、かっこいいとか思ってんのぉ? あたし、そばで見ててー、チョーキモかったんだけど……。いっつもハアハアいってるしぃ、いばってるしぃ、しかも、あっせくさいし」
 日々、涼子が、青春を捧げて打ち込む部活動。その時の勇姿を侮辱されるのは、たとえ、いかなる恥辱の炎で炙られているさなかでも、聞き捨てならない。はずだった……。
 しかし、今、涼子の意識は、別のあることで、完全に占められていたのだ。
 それは、ある意味、涼子が、女として極めて健康的な体である証かもしれなかった。
 二度にわたり、体操着に摩擦され続けた下腹部には、いつしか熱が集まっていた。そして、その熱くなった内部から、生温かい何かが、体外へと滲み出していくのを感じるのだ。
 うそ……。うそでしょ……。
 顔から火が出るほどに、頬が紅潮してしまう。涼子は、空前絶後のパニックに陥った。
 信じられない……。どうしよう。もし、この女たちに気づかれたら……。
 恥ずべき反応を起こしている自分の肉体が、心の底から恨めしい。こんな穢らわしい女の器官など、切り取って無くしてしまいたい、とすら思う。
 止まって……、止まってよ、もう……。
 しかし、涼子の悲痛な願いとは裏腹に、熱を帯びた女性器は、脆弱なまでに、じくじくと体液を漏らしていた。
 股間を前後に往復する体操着を、なんとか下へ押しやろうと、涼子は左手を宛がう。掌の中で、嫌な感触が走った。もうすでに、体操着の、特に赤い丸首の部分には、涼子の垂れ流したものが染み込んでいて、ぬるぬると掌を滑るのだ。
 涼子は、泣き声を上げそうになっていた。頬や瞼が、ぴくぴくと痙攣しだす。
 いやだ……。これ、滝沢さんが着るものなのに……。本当に、本当に、汚しちゃった……。

「えっ……。南せんぱい、なに、これ……。あっ! 待って、待って、やだぁ!」
 突然、驚愕に満ちた後輩の声。その一言一句に、心臓が跳ね上がる。
 嫌な間が空いた。
 涼子は、呆けたように口を半開きにして固まっていた。次に、後ろの後輩が、何を言うだろうと、死刑宣告を受けるかのような恐怖に縛られる。
「い、糸引いてる……! これ、マン汁……! せんぱいが、マン汁垂らしてるぅ!」
 さゆりの発する卑猥な言葉が、耳に飛び込んできた瞬間、焦点が合わなくなり、視界がぐにゃりと歪んだ。
「えっへぇ? うっそぉ?」
 明日香が、間の抜けた声を出すと、半信半疑の様子で首を伸ばし、涼子の臀部側から股間を覗き込もうとする。
 危機を察知した瞬間、涼子は、半ば反射的に体を動かしていた。拘束の緩んだ右腕を抜き、明日香と対面するように、体の向きを変える。両手で恥部を覆い、ぎゅっと股を閉じる。
 明日香は、一瞬、あっけに取られた仕草を見せたが、案の定、すぐに怒髪天を衝いた。
「なぁーに、逃げてんだよぉっ! 手ぇどかしてっ、あしぃ、ひらいてっ、ま○こ見せんだよっ!」 
 たまらず耳を塞ぎたくなるような物言いである。
 ひどい……。ひどすぎる……。こんな女に、性器が濡れているところを見られたら、いったい、わたしの人生はどうなってしまうのだろう。
 涼子は、泣き顔になって、首を横に振り続けていた。
 その時、香織が、意外なほど落ち着いた声で言った。
「さゆりっ……。シャツ、手、放して」
 体操着が床に落ちると、香織は、それを自分のほうへ引いた。涼子の両足の間を、するりと抜けていく。
 明日香とさゆりも歩み寄り、検分するべき『物証』を見下ろした。
 うそ……。待って……。それは、やめて……。
 眼前に差し迫った現実から逃避するかのように、涼子の脚は、じりじりと後ずさりしだした。
 香織が、慎重な手つきで、体操着の両袖の部分をつまみ、顔の高さまで持ち上げる。そのとたん、少女たちが、一斉に悲鳴じみた声を発した。
 一拍遅れて、むせ返るような臭気が漂っていることを、涼子は知覚する。少女たちのその反応も、むべなるかなと思わされる。
 意識が遠のき、裸の体がぐらりと揺れた。






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